2026/01/03

土井政司が2025年を振り返る


2025年。今年はとにかく『平凡な生活』にすべてを注いだ1年間でした。信頼のデザイナー呉松慶吾、そしてマノ製作所のおかげで本当に良いものができました。またトーフビーツ氏絶賛の小幡玲央による痺れる解説も必読です。発売から3ヶ月で増刷できたことも自分自身の励みになりました。金井タオルさんにお声がけ頂いて『趣味のほとりで』に寄稿させてもらったことや、DOVEくん渾身のMIXCDにレビューを書かせてもらったことも、とても良い経験になりました。そして坂崎麻結さんにインタビューをしてもらったSbジャーナル、さらには彼女の鋭い筆捌きのもとタラウマラと『平凡な生活』を紹介して下さったF.A.T.マガジン、いずれも光栄の極みでした。そして何よりも今年も沢山の読者の方に出会えたことが幸せでした。「じゃあ何で書いてるの?」を自問しない日はないですが、漫画『ルックバック』で畦道をスキップする藤野ちゃんの気持ちはよくわかります。

もうひとつ特筆すべきはタラウマラの経営を維持するため、あるいは新たな人生実験を遂行すべく深夜のアルバイトを始めたことです。とある生活介護事業所のアルバイト面接を受けることにした日、私は天啓のようなものに串刺しにされました。面接の後、副施設長が施設内を丁寧に案内してくれました。利用者さんの障害の程度によって部屋が分かれており、多くの方が車椅子を利用し、場合によってはベッドから起き上がることさえ困難な方々もたくさんおられました。3Fから順に降りてきて、いよいよ最後の部屋で挨拶をした際に、ひとりの利用者さんが私に何か言いたいことがあるそうで、スタッフの女性が車椅子を私のすぐそばに近づけてくれました。利用者のAさんは言葉を話すことができないため、筆談ボードを用いて対話をします。五十音表の上をAさんの持つ木製のペンがゆっくり動いていきます。視線で追うと「な」「に」「し」「て」「る」「の」だったので「自転車屋ですよ」と答えるとAさんの表情がパッと明るくなりました。次に「い」「つ」ときたので、いつから自転車屋をしてるのか、それともいつここで働くのかを聞かれてるのかと思って答えてみるも、どうやら見当違いのようで、今度はAさんの顔が明らかに歪みました。副施設長やスタッフの方々も救いの手を差し伸べてくれるのですが、一向にAさんの質問の意図がわからずお手上げ状態。苛立ちを露わにしているAさんに副施設長が「自転車屋さんのこと聞きたいの?」と聞くと大きく頷く。

「どんな自転車を売ってるのかを聞きたいの?」に対しては微妙な表情。横から私が「中古の自転車ですよ」と言うと、ふたたび表情が明るくなりました。そこで副施設長が「そうか、新品か中古かを聞きたかったんやね。AさんはSDGsに興味津々やもんね」と言って笑いました。Aさんは満足そうに笑みを浮かべて定位置に戻ります。中古か新品かを聞くための問いかけが「いつ」から始まるコミュニケーションを私は初めて体験しました。その感動を副施設長に伝えると、彼は照れ臭そうに笑いながら、ああやってうまく答えを導き出せるのは稀ですよ、でも言葉を話せない彼らのなかにもきちんと言葉があって、そこに少しでも気づくことができればと思うんですが、出てきた言葉が彼らの本当の想いなのかと言われたら違うような気もするんです、と仰っていました。ここ最近ずっと思っていたことではあるけれど、私たちは言葉を使って一体なにを伝えようとしてるんやろうか?利用者さんの内側にある言葉と私たちが外側に発する言葉は果たして本当に同じ地平にあるもんなんやろうか?まだ働いてもいない分際で、えげつないものを突きつけられた気がしました。


本を作ることも、障害のある方と向き合うことも、大切なのは具体性であり、AIやChatGPTの発展によって現実「らしい」映像や、人間「らしい」応答が蔓延るいまの世で、これからの自分が向き合わなければいけないのは「らしさ」の虚飾を剥ぎ取った圧倒的な現実と人間なのだと感じます。その先で自分「らしさ」ではなく、単純明快な「自分」が私の前に立ちはだかることを楽しみにしつつ、これからも、もっと這いずるべきなのだと思う。

0 件のコメント: