–さて、ここから後半8曲について聞いていきます。まず「Mr.Lonely」。じわーっとイントロが立ち上がって、曲名のリフレインが印象的な曲だけど、俺が好きなのは後半の「そんな関係なら俺は自分から距離を置くよ」ってところ。この感覚って大人になるほど強くなるし、必要にもなってくる。暖かで居心地のいい関係も大事だけど、最終的に人はひとり。そこからしか、始まらないよね。この曲はどんな風にできたのかな?
この曲は元ネタが好きで、アルバムでは唯一、ネタや曲のテンポや構成をこちらから指定して創りました。ビートは同じ日置に住むMOODというこれからのビートメーカーで。彼とは初めて仕事しました。わざわざレコードを買ってサンプリングしてくれたり、ダメ出しにめげずに早いスピードで仕上げてくれたり、熱くやってくれて感謝してます。子供同士が同じ保育園なんですが彼の息子が可愛いんですよね(笑)。
この曲は 誰しもが抱えたりぶつからざるを得ない、人間社会を描きたくて。楽しく生きてるしそう努めてるけど、楽しいだけじゃないことも、出逢いだけじゃなく別れも、ちょっとしたことで拗れることも、誤解も、嫉妬も、勘繰られることも確実にあって、けどそれを受け入れることも大事で、それも人間というか。俺はできる限り距離感を大切にしてて。距離感ミスったら事故るし、炎上するし。それは大人になった証拠でもあるし、寂しさもあるけど、けどそれってめちゃ大切なことなんですよね。自分から向き合うことも、自分から距離を置くことも。けど、一見後ろ向きなようで実は前向きな唄なんです。地味だけど、アルバムに必要な唄。
–「RIZE AGAIN」は、イントロのピアノからして泰尊節! なんかちょっと懐かしさもある。「再び、唄旅」ってリリックもあるように旅の途中の情景や感情をつぶやくような曲だなと感じる。不思議と前半2曲目の「CALM ON JORNEY」と響き合うね。ここで改めて旅の途中、途上にいることを表明しているような曲。
懐かしいってなんか嬉しいっすね。いい感じに情が乗っかってますよね。
街から街。南から北に。この曲はまさに旅の途中の話で、東北盛岡によくお世話になってるんですがその夜の一瞬を唄にしました。2019年から何度もLIVEに行かせてもらってまして、いい街で、いい人達で。そして冬の北国の光景は込み上げるものがあって。南国からすればあり得ない光景ばかりで、憧れるんです。このビートもMAHBIE。彼は盛岡出身で、ツアー/唄旅の途中に彼の家に寄った時にこのビートを聴かせてもらって、気に入って。「旅に持っていく?」って提供してくれたんですよ。そのまま東北へ向かって、このビートを聴きながら。必然的にこの唄が産まれましたね。
大事なのは数字じゃなくて心の距離。いつだってそう想います。旅人心情。
–次は「MY LIFE IS MY LIFE」。この曲はサビのヴァースを歌うJUNNOSの声に耳が引かれる。かなり個性的な声、歌唱で全部そこに持っていかれかねないほど。この人はいったい何者? どうして、ここに登場してもらっているのかな? とにかく、妙に引っかかるんだ。
植田さんはてっきりJUNNOS君のこと知ってると想ってた!逆に嬉しいね、これを機に知ってもらえたら。最高ですよね、マジで。彼は凄まじいアジア屈指のうたうたい。
今は種子島に住む、4児の父。彼は東京出身なんですが数年前にキャンピングカーで家族4人で日本中をLIVEしながら回り移住先を探していた超ストロングスタイルな時期があり、鹿児島にもLIVEでやってきて出逢ったんです。それがまた凄まじいLIVEで未だに覚えてる。日本中に彼のファンがいるし、未だに全国を回り続けてる。声もだけど、何よりリリックがいいんですよ。吟遊詩人、リリシスト。
「生き恥は人の糧になる 格好良い姿などじゃ響かない 転んだあとの立ち上がり方こそ人が立ち上がる力になる」。すげえリリックですよね。
"MYLIFE IS MYLIFE"は今回のアルバムの核になる楽曲のひとつ。数年前からずっとやりたかったタイトルで この曲はどうしよう?と想ったときに彼が浮かんで。いつか一緒にやりたいな、それを形にするために去年の頭に種子島まで逢いに行って、出逢って長いけどはじめてサシでゆっくり語ったんです。そこでした口約束が時間を経て、形になった。絶対彼がやらないようなビートの上でJUNNOS節がめちゃくちゃ踊ってる、メッセージも言霊も言葉遊びも。まさか、いや、きっと こんなJUNNOSを聴きたかったんだ。って想いました。海外に移住が決まったようで、そんなタイミングでこの唄を創れてよかった。
そしてこのウタには実は裏で超絶MVPがいて。それが今回ミックスエンジニアを担当してる「Quanata Recognize」。この曲はアカペラ素材があまりいい状態ではなかったんですが彼の仕事のおかげでボーカルは飛躍的に変化した、進化した。まさに魔術師の仕事だった。楽曲が北へ還る鮭のように逞しくなった。あの変化っぷり、進化っぷりには心から感動したなぁ めちゃくちゃ喰らったな〜。エンジニアって凄い。このウタには彼の魂もしっかり乗っかっているんだ。
余談ですが、このタイトルの由来は 鹿児島天文館にある 大好きなカレー屋〈BEZCURRY〉の店主が着ていたTシャツに描かれたメッセージで。そこに誰よりも反応していたのが私とハードコアバンド LIFESTYLEのリーダーYAYO兄やんで。で、LIFESTYLEの去年出した新譜のタイトルも"MYLIFE IS MYLIFE"。まさかこのタイトルが2023年に2つも鹿児島から世に放たれるなんて。大切な唄になりました。
(⑤に続きます!)
0 件のコメント:
コメントを投稿