2013/06/15

いつかのポパイで


「人生なんて本当は楽しくも面白くもない、とすると、そこで重要になるのは、やめるにはムズカシイ人間稼業を“面白がれるかどうか”だよね。
  人生は“面白がれるかどうか”にかかってる。人生を面白がろうと、何かを“使ってるヤツ”はカッコいいね。
  足腰、腕力、体、技、心、感受性、言葉、時間、金・・・・・・。使えるものは誰にでも、いくつかあるはずだよ。」

-秋山道男 / 「秋山道男×リリー・フランキー」 より

いつかのポパイで。

この記事を読んだのは、たしか大学3年のとき。
もう、どうしようもなく、先が見えなかったころ。まるですがるように、リリー・フランキーさんの書くものを追いかけていた時期だ。
秋山道男さんなんて知らなかった。だけれど、リリーさんが「カッコいい」と唸るひと。
当然、面白くて魅力的な人なのだろうなあと思って読んだ。
なんとなく。期待もしながら。

それがどうした。
この人、ものすごく面白い。リリーさんと秋山さん、二人の会話にぐいぐい引き込まれた。
当時、本当にどうしようもなかった自分に、時間を割いていてくれた友人と、二人で夢中になって読んだ。話した。
そうだ! 俺達もこんな風に生きていきたい! クリエイティブなことがしたい! なんて。
しかし、なにも出来なかった。というより、しなかった。

相当ガツンときたのだろう。
当時のボクはこの記事をコピーして、ファイルにしまった。
その後、いろいろあった。裏切ったり、肩を組んだり、ゲロを吐いたりして、年だけを重ねていった。
しかし何だったんだろう、あのときの自分は。・・・なんて考えだすと、止まらないので、先に進む。

つい最近。ふと、思い出してファイルを取り出した。
なかにはあった。いろいろと恥ずかしい断片が。手に負えない、若気の至り。どうしようもない思い違い。
ああ、嫌になると思いながら、見つけたコピーを読み返した。
そして思った。

この人たち、やっぱり面白い。
ふたりの話が聴けてよかった。

いま、これを読めてよかったと思えた。
コピーを残したあのときの自分、よくやったぞ。それだけは褒めてやる。
いまだって、状況は大して変わっていない。だけれど、出来ることは増えた。それ以上に、出来ないこともはっきりした。
だからこそ、数少ない出来ることに賭けてやる。トコトンやってやろうと思う。
それでも尚、「出来ない」という思い込みからも自由になってやろうとも、思う。
ボクはワガママ、というかアホなのかな。どうにも辻褄が合わない。

「自分が年取ってきて、結構思うのは、“上がっちゃってる大人”ってイヤなんですよね。
  「何でもいいよ」って変に落ち着いてるオトナ。カッコいいって思えない。」 
-リリー・フランキー / 同上

「もう分かった」とか「それは知ってる」なんて言いたくない。
知らないことは素晴らしいこと。不思議なこと、腑に落ちないことこそ、大事にしようと思う。
「一体これな何なんだろう?」そんな風に考えることを止めてはいけない。ライク・ア・ローリングストーンだ。
そう。更新すべきはブログじゃない。いま、ここに留まっている自分自身だ。

と、いうわけでここでパソコンを閉じることにする。

「あったかくて、じたばたしてる。止まることなく動いてる。
    昨日と今日では、違うことを考えている。
    くすぶったり、嘆いたり、感情的で、気が弱くて。
    無理をしている。不自然で、ぎこちない。わがままで、幼稚で、ハラハラする。
    頑固で、よく歩き、よく笑う。
    なにか、ちまちましているようでどこか、大ざっぱで。

    でも、風の中をきれいに吹かれていたり、

    とても熱いなにかを隠していて、そばにいると愛しさが込み上げてくる。
    僕は、そういう人をかっこいいと思う。
    若いとか大人とか、男でも、女でもなく、僕はそういうかっこよさを持った人に惹かれる。

    “かっこ良くなりたいとか、そんなことを思うなんて、なんて、かっこいいんだろう”」


    -リリー・フランキー / 「かっこいいって、何ですか?」より


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