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2026/08/17

南浦和出張記②


その後も飲んだり食ったり、喋ったり。急に思い立って、すぐ近くの〈ゆとぴあブックス〉に行って本を見てると「ダメだよ〜! サボりすぎ(泣)!」「ゴメン!」またまた呼びされると、別の知り合いをみつける。トニー李こと田中元樹くんと会うのはいつぶりかな? 彼の活躍にはいつも刺激を受けているから、話が盛り上がる。ふ〜〜〜っと、再度息をつくと夕方。お客さんも減っている(というか2部の会場、むくむくに行っている)。落ち着いたところでタクトくん、コーヘーくんとビールを一杯。そろそろリハも終わってるかな〜と話したり。

頃合いをみて撤収準備。コーヘーくんに一箱の発送を頼んで、むくむくに向かうと、準備はOK! すっかり居酒屋になってるじゃん。タクトくんのDJを聴きつつ、カウンターで隣り合った千葉県の房総、安房周辺で蕎麦屋をいとなむ方と話しだすと、これまた楽しい。共通の知人が複数いるからか、あれこれ止まらずビールも進む。お、いい曲! おつかれサマーだね。とか言ってるうちにライブが始まる───SHAKE ONIGIRI with HAMILTON CHOO*、彼らの演奏がとてもよかった! ファンクとソウル、ブルースをさらりと融合させるセンスに脱帽。レイドバックしてるんだけど、腰に響くグルーヴもある。途中に挟まれる鍵盤の音もよかったなァ。

*余談3:HAMILTON CHOOはシングル、アルバムのリリース予定があると言っていた。トロピカル・ダンディ=細野晴臣、ドクター・ジョン、ザ・バンドとかが好きなんだろうな〜と感じさせる佇まい。9月12日(土)には阿佐ヶ谷〈mogumogu〉で自主企画があるそうです。

さーて、ここまできたら、帰るだけ! ヘロヘロかつヘトヘトでもつくばの家に帰り着くのが大目標。後ろ髪をひかれるも「じゃ!」とみんなに挨拶、シュウさんに南浦和駅まで送ってもらって、帰路につく。南流山で乗り換えて、つくば駅に着いたのが22時23分。ナツナさんの救援もあり、どうにか家にたどり着く。

ああ、楽しかった! 悔いなく遊びきった! 2026年、夏の思い出ナンバーワンは「軽妙百賀店」に決まってしまった。

南浦和出張記①


8月16日、軽妙百貨店に出店する! 7時半に家を出て、店で出店準備をしたのち、つくば駅まで歩いていく。荷物はリュックとトートバッグ、小さなショルダー。30分ほどでけっこうな汗をかく。想定より1本早い電車に乗れて、南流山で武蔵野線に乗り換え、南浦和に着いたのは9時45分。乗ってしまえばあっという間、わりに近いんだなーと実感する(これなら、また来れるな……)。

南浦和駅近くの交番で道をきく。「ふみくら2丁目に行きたいんですが」「ふみくら?? うーんと、それはぶぞうだね!」「あ、文蔵(ぶぞう)って読むんですか!」「そうそう、あそこの交差点を左に行けば、簡単に行けますよー」「ありがとうございます!」って感じで道に出ると、すぐに文蔵2丁目の標識が出てきて安心。大通りから一本入った古い商店街と住宅街が一体化したエリアに足を踏み入れると、あった! 会場となる〈LETTER〉*をなんなく見つけてガッツポーズ。

*余談1:LETTERは洒落たジェラート屋さんなのだけど、立地、構造ともに変わってる。店主のジュンコさんに聞いてみると、昔は焼き鳥屋だったテナントとのこと。並びにはコインランドリー(ここがめちゃシブい!)、銭湯、洋品店、豆腐屋などがあり、どことなく懐かしくて歩くのが楽しい。

出店会場、LETTER2階に上がるとタクトくん、エッちゃんがきていて、ほどなく〈シリシリ器〉のニッタやコーヘーくん家族もやってくる。ワイワイ話しつつ荷解きをして準備をはじめるも……大苦戦! まったくイメージがうかばず、うまく整えられない。まわりのみんなは上手だから余計に焦り、やたらに手を動かして、どうにか誤魔化す。ふ〜〜〜っと息をついて、ニッタと共に〈喫茶むくむく〉に行くことにする。

徒歩1分、角をひとつ曲がった先にあるむくむくに入ると、北浦和勢がすでにビールで始めてる! レターとはまったく異なる雰囲気に安心し、店主のチャンヒーさんにビールを頼んで(缶ビール300円!)、いろいろ話す。ここもまた味があるっすね〜なんて話を向けると、小料理屋さんが夜逃げした後なんですよ〜と教えてくれたり、いちいち面白い。なんだなんだ、南浦和! めちゃめちゃいい町じゃん! 路地に商店があって、人が行き交う。こういう区画ってなかなか無いんだよなァ。

いつの間にか始まっていたイベント、早々に小中の同級生一家がきてくれたり、ご近所さんと話してみたり、旧友と再会したりと。わあわあ、ぎゃあぎゃあやってるうちに、なんだかんだで本やトートバッグが売れていく。店番を放棄して遊んでると「戻ってきてよ〜(泣)」とタクトくんに呼び出されて、気がつく。オレが買ったレコード*がない! 忽然と消えてしまったダブの名盤。一同ざわつくも、音盤珍事はすぐに解決、ちょっとした山場になる。

*余談2:この日の目玉はなんといってもコーヘーくん! 良質すぎるフリマというか、欲のなさすぎる値付けに音楽好きは大興奮。みんな沢山買っていた。オレは件のダブ盤、エンケンの嘆きのウクレレ、ジョセフ・スペンスのテープなどを購入(←今聴いているのだが、最高である)。

2026/01/05

森本英人が2025年を振り返る

 ZINEを出しましょう。もちろん、ぜひやりましょう、という話をしながら、その実、ZINEというものがなんだかさっぱりわからない。ZINEフェスやアートブック・フェアに足を運んでみたけれどもやっぱりわからない。というか、ますますわからなくなってしまった。そもそも手に取って読んでみたいと思えるものに出会えていない。そんな状態がもう2年も続いていた。自分はなにか思い違いをしているんじゃないのか。

 夏が終わるころ、たまたま見つけたシカゴのZINE専門のオンライン・ショップでなんとなくおもしろそうなZINEをみつけたのをきっかけに、いくつかその手のショップを辿って、けっこうな量を買い込んだ。

 『1900年代初期のボストンにおけるイタリア人相互扶助組合について』、『移動式監獄展示バス:20世紀中期の少年犯罪防止方法』、『パレスチナのレコード・ジャケットのグラフィック・デザイン集』、『カントリーのもっとも有名かつレアなシングル盤「PSYCHO」の物語』、『ドラックにまつわるカントリー・ソング10選』、『シカゴ・リーダー紙所有のミュージシャン宣材フォト・コレクション』、『ヒップホップの黄金期におけるミリタント&アフロセントリックなロゴ&アイコン集』などなど。だいたい5ドルから8ドル、高くて11ドルといったところ。

 送られてきたZINEの、おそらくどれも自分たち自身で裁断、中綴じをして製本したらしい、愛くるしい無骨さに驚いた。

 『12月3日』というタイトルのZINEは、アメリカ中西部で1990年12月3日に起きると予言されながら、実際には起きなかった地震の騒動の記録。『キッチンから』は、教会や地域コミュニティの活動資金を得るために、アメリカの様々な地域で販売されていたクックブック(我が家のレシピ集)のコレクションと考察。『ポスチュマス』は、いまはクローズしてしまった、全米各地のローカル・ミュージック・シーンを支えたDIYイベント・スペースへの愛情溢れる追悼文集。『アントニア』は、自分が生まれ育った町に似ていると思えるようなものをいままで読んだことも見たこともないという作者が、その郵便番号もない小さな故郷の田舎町アントニアについて綴ったZINE。その町がとりたててユニークなわけではない。ただ「わたしが出会った田舎の描写は、親しみが持てず、あまりにも辺鄙だったり、あまりにも馴れ馴れしかったり、あまりにも単純で、あまりにも貧しく、あまりにも不気味で、あまりにもロマンチックすぎる世界のように思えた」。『フィッシュ・イン:1960年代の黒人とネイティヴ・インディアンの連帯』を読んで、1960年代当時、ネイティヴ・インディアンの団体が黒人の公民権運動からは距離をとっていたということをはじめて知った。その流れに逆らって、公民権運動に刺激を受けたネイティヴ・インディアンの若者たちが行ったある抗議活動に、黒人たちも連帯を示し加わったという記録を拾い集めたZINE。『逆さまのパンクス:フガジ・バスケットボール・リング・ショウの奇妙な真実の物語』は、ワシントンD.C.のパンク・バンド、フガジがデビュー直前に行った伝説のライヴの舞台裏を、イベントのオーガナイズなどまったく未経験だった当時19歳の主宰者に寄り添って描いたもの。彼はずっとライヴは失敗だったと思っていたし、その後二度とイベントを主催することはなかった。

 どれもとてもローカルで、ときにとてもパーソナルなテーマ、歴史のエアポケットに落ちたまま忘れ去られてしまった出来事にフォーカスしているのに、時間をかけて丁寧にホコリや泥を取りのぞいたさきに見えてくるものに、一転して親密な、現在の自分とどこかで確実につながっているという感覚を覚える。

 『なぜファシズムの時代に自費出版を?/その出版日記』には、ZINEの出版/ディストリビューションを行っている著者の活動がどのようにしてはじまったのかが記されている。それはアーティストの友人とランチを共にしていたときの次のような会話からはじまった。「莫大な冨と権力を持つ最低の連中にとって可能なかぎり役に立たないアートのかたちってなんだろう?」。著者が考えたのは「まずは7ドルのZINEからはじめてみよう」。

  僕が気になったZINEの出版や流通を手掛けている人たちの声を拾い集めていると、80年代後半のワシントンD.C.のパンク〜ポスト・ハードコア・ムーヴメントに少なからず影響を受けている様子が伝わってきてなんだかうれしくなってしまった。フガジを聴いて育ったティーンエイジャーが、それから30年以上たったいま、ZINEの制作、出版を楽しんでいる。素敵じゃないか。

 いくつかのZINEを読みをえたいま、その認識は半分間違っていたのかなという気もしてくる。むしろフガジやディスコードのDIY活動が成立しえたのは、そもそもこうした若者たちの存在があったからじゃないのか。

 アンダーグラウンドでもインディペンデントでも、オルタナティヴでもなんでもいいが、そこがメインストリーム予備軍の溜まり場だとしたら、僕にとってこれほどつまらないことはない。

「許可を待たずになにかをつくる自由を体験すること」

「アンコントローラブルであること」

(なぜファシズムの時代に自費出版を?/その出版日記)

 ZINEという手法でしか伝えられないものがあるということを、やっと実感できた気がしている。アンダーグラウンドにもインディペンデントにも、その存在をかけて貫くべき本分、守らなくてはならない領域というのものがあるはずだ。

惣田紗希が2025年を振り返る


2025年はいろいろなことから10年が経ち、それぞれのそれからの10年目に立ち会い、自分でも10年ぶり、それ以上ぶりにやってみることが多い年だった。10年以上個人のまま仕事をやっていると、今現在が過去の仕事に責任として反映されていくような気もするし、流れ去っていくものが大半な気もするし、そんななかで何がどう積み重なっていくのだろうと思う。

年始に本棚に入らなくなった本を整理して、売るなりなんなり処分してもいいかと思った本を振り分けてみたら山のように積み上がった。ここ数年、グラフィックデザイナーやイラストレーターや建築家が足利に移住してきているという状況を間接的にぼんやり把握していたので、その人たちに声をかけて古本イベントをやってみるかと企画。ただただこの本の山を処分したいという一心で。

とりあえず同級生のデザイナーの鶴見と、鶴見とオフィスをシェアしている建築家の丸さんと、イラストレーターの村松くんに声をかける。村松くんはPEOPLEの民、河合浩さんから足利=惣田と聞いていたらしい移住者で、つくばとの縁がある。村松くんは欠席となったけど、鶴見と丸さんのオフィスを会場として使えることになり、GO ON牧田さんとサトウタクトくんに声をかけ、ashikaga social spot と銘打ってとりあえずやってみた。

やってみると、出店者も来場者もそれぞれ個人の文化を持ち寄るみたいな感じでおもしろかった。イベントを終えた日の夜に15周年だったマーラーズパーラーにタクトくんを連れて行ったら、さっきまでのイベントでは見なかったとびきりの笑顔を輝かせ、全員初対面にも関わらず10年友達みたいな絡みと面構えをしていておののいた。「この感じPEOPLEに近いかも!」と大声で言っていた。

それ以降、個展と仕事で4月以降は毎日締切フルマラソン状態で、ドタバタ駆け抜けていった。その間、ashikaga social spot 第二弾を牧田さんとタクトくんが企画してくれて、ただ楽しみにしている人となる喜びを味わう。


第二弾に牧田さんとタクトくんが揃えたのは、つくづくの金井さん、PEOPLEの植田さん、pottmann、そして足利のフレッシュ枠の速水くん。

PEOPLEには2014年に河合さんの展示を目的に初めて行って、それ以来ちょくちょく通うなか、いつだったか白い紙に青い線画の絵が印刷されたポスターを植田さんが指差し、「最近この人おもしろいよーサトウタクトくん」と言っていたのを覚えている。更にある日、マーラーズパーラーで牧田さんと打ち合わせした時、牧田さんがタクトくんデザインのつくづくTシャツを着ており、タクトくんが足利に移住してきたことを植田さんに聞いていた状態で「これを足利で着て歩いてたらサトウタクトくんに気づいてもらえるかも!」と言っていた。その時は、遠回りすぎでは? と思いつつ、一連の流れを全て伏線回収するような日となった。打ち上げでは金井さんと植田さんがジジイぶりを発揮していてやかましかったけど、片付けを終えて合流した牧田さんがそのふたりの上を行くやかましさで全てを覆い尽くしてきたので、金井さんがおとなしくなっていた。

コロナ禍以降全然行けていなかったPEOPLEの品揃えは足利でも輝いていて、ひとつの興味が水切りの石のようにビュンビュン飛んでいくような楽しさがあった。やはりお店に行かないとだな。SNS上の情報や流れを受け止めきれないというか、考える余地よりも即座の反応が求められているような感じがしんどくなると、アプリを消して距離をとるようにしている。紙やブログ、対面では話せることや受け取れることが増える。わたしは対面ではめちゃくちゃ顔に出るけど、SNSで見えてるところだけで理想を固められても困る。そこに辿り着くまでの移動を経て、実存を確かめ合って、それから少しだけ対等でいられる時間を過ごせるようになるのかもしれない。また2026年もなにかやれたらいいな。

写真:打ち上げのあと雨のなか拳を振りかざし宿に向かう植田さんと見守る牧田さん

キングジョーが2025年を振り返る


2025年を振り返ると、2月に転職して夜勤中心の生活になったことが自分にとって大きな変化でした。

夜勤明けに帰宅してひと息つくと、平日の昼間に自由な身であることが嬉しくやたらと映画館に行ってたような気がします。

『シビル・ウォー』『サブスタンス』『愛はステロイド』『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』と、残忍もしくは陰気で自意識こじらせたようなやつ、他人への共感能力に決定的な欠如のあるやつが出てくる映画ばっかり観てたように思います。

決定打は『ボディビルダー』。劇中、主人公による陰湿な意趣返しのシーン。そのシーンでラジカセから流れる音楽に上記残忍or陰気映画が一本の線でつながった気がして、その線が「現在のダークサイド」を象徴しているように思えて、震えました。

※その反動で、友人のDJ薬師丸さんにお勧めされた映画『シャドウズ・エッジ』を観た時、齢70でまだまだ元気にスタントをこなすジャッキー・チェンに心が洗われるようなスッキリとした気持ちになりました。敵の「影」と呼ばれるおじさんも又良くて。老いも若いもAIも皆で力を合わせて悪を倒して。かと思ったらラストで根絶ではないことが雑に暗示されて。


あと大きかったのは、10年近く集めてたタイのレコードでミックスCDを作ったこと。アジア音楽と文化を“タムブン”の精神で伝えるメディア”てんぱりてんぷる”やタイ音楽DJのKO MEGさんによる活動を見て「おれもなんかしたい」と思い立ったことがきっかけでした。これが当初思ってたよりも沢山の人に聴いていただけて(ありがとうございます!)嬉しいよりもビックリしました。

※ちなみに大阪は淡路の自転車屋兼サムシングを売る店タラウマラに本ミックスCDを卸しに行った際、偶然店内で居合わせた植田さんを店主土井くんに紹介していただいたのがご縁で今にいたります。

「ミックスは三部作にしよう」と決めてたのですが、それほどタイのレコードを沢山持ってる訳でなく(普通だとなかなか買えない)(筆者はタイに行ったこともない)、キラー曲は根こそぎ最初のミックスに入れたんで「2作目でクオリティが落ちたよね」「まあしゃあない。ジョーもよう頑張ったんちゃう」と言われるのも嫌なので、続編の為に秋以降はオークションを中心にタイのレコードを探しては買いを繰り返してました。特に現地から出品してくれる日本のディーラーの方からよく買ってたのですが、タイから送ってくれるのでうちに届くのに10日弱かかるんです。待つのも楽しいものですが、そうして待ってる間にその人が又良いレコードを出品するんで、待ってる間にまた買って、それの到着を待ってる間にまた・・・みたいなことがずっと続いて先週ようやくひと区切りつきました。これから最終の選盤と曲順を練ってライブ録音に挑みます。上手に繋ぐことができるか、今から不安です。

タイの音楽、ほぼ情報が無い(探せばあるけど)上に、文字も読めない(ひと手間かければ判読できるけど)のでオークションにリンクされた試聴ファイルをじっくり聴いて判断したり、試聴不可能の場合はオークションに添えられた紹介文を必要以上に信用して、イチかバチかに賭けるような買い方をしてます。燃費は悪いけど、「すごい!」と思える曲に出会えた時の、脳汁がドバドバ溢れるような興奮の迸り、驚きと発見は趣味を超え最早や生きがいとなりつつあります。


タイ以外にも盟友の佐藤マタが手ほどきしてくれるインドネシアの音楽や、昨年の盆に度肝を抜かれた朋友・長谷川陽平の回したトルコのサイケロック(陽平氏は大韓ロックのオーソリティでもあります)、そろそろ手をつけたいシンガポール界隈のア・ゴーゴー、映像も込みで観たい知りたい聴きたいボリウッドもの他、アジアの音楽への興味は日増しに膨らむばかり。

心を揺さぶるカッコいい曲に少しでも多く出逢うこと、それを大きい音で回して誰よりも踊り狂うことが今年の目標です。

(キングジョー)

2026/01/04

中村友貴が2025年を振り返る


『2025年は簡単に終わらせてくれない』


旅をしてました。

あちこちに出向く、現実の旅もそうなんだけど、自分の中に潜る内向きな旅を。

それがいいことだったのかは、現段階では判断できない。


観に行ったLIVEやDJ、パーティー、企画した展示や音楽の場、会った人、喋った人、お店に来てくれた人、初めて足を運んだ店に通っている店、訪れた遠くの場所、そこで会う友人たち。それぞれの場所での一瞬は、きらめく思い出深い名場面が、2025年もたくさんあった。そういう時は、心底楽しんだのだと思う。その一方で、ある時期から何か晴れない気持ちがずっと心につきまとい、それに飲まれてドツボにはまって、正直に言うと、2025年の後半は、ずっと元気じゃなかった、ように思う(とか書いちゃうと気を遣わせてしまいそうだが、いつも通りで大丈夫です!)。


何気ない会話のなかで「もう35歳なんだよね(実際には2026年の3月)」と発した瞬間に「アレ?」と思った。35歳を急に認識、意識してしまった。いやいや、人生の半分きてしまったぞ。ちゃらちゃら遊んでもいられないぞ。時間も無いくせに金もびっくりするくらい無い。体力はまだあるが、このペースで店を続けられるのもあと何年だろうか?猫は可愛いが、猫だけでは埋められない何かも、ある。全然何も出来てなくね?このままでいいのか?俺は。よくなくない?どっちなんだ。みんなどうしてんの?


“こっちの道”を選んだ時から、いわゆる幸せとは、また別の幸せがあると信じて、ちょっと盲信気味で生きてきてしまったが、ここにきて、急にブレが、揺らぎが、焦りが、生じてしまった。じゅうぶん楽しいし、今が幸せなのもわかってんだけどね。猫も可愛いし。恥ずかしい話が、この歳になって完全に思春期がぶり返してしまい、忙しさによるhighも手伝って、感情の起伏が荒波のようにコントロール出来なくなってしまった場面も多々あった。店と、少数の友人が、ギリ繋いでくれた。いい歳して、大人の振る舞いが出来なくて、吐露した感情や自分の態度に、厳しい言葉を貰う時もあった。言う方からしたらたまったもんじゃないし、それなりにちゃんと落ち込んだりするけれど、めっちゃありがたかった。初めて、己を見つめ直し、変われぬ苦しさを味わい、変わりたいとも思った。「俺は俺」だけじゃダメな年齢になってきたんだぞ、お前は。とは言え、友人とのやり取りの中でどんどん歯車が噛み合わなくなってきた俺に言われた一言は「深刻すぎ!!」。マジでそれだった笑 そんな時は陽気なラテンのオジサンを憑依することにしよう。


そんななか物凄い勢いとスピードで企画・制作したのが旅と多動のマガジン『珍珍道中』で、2024年のイケイケの旅を振り返ることで、良い意味で自分の店を見つめ直すきっかけにもなった。結果、店の純度を深めるために県外での出店はしばらく休み、店以外のプロジェクトは極力断つ決断をした。制作期間、人生で初めての経験なんだけどhighになり過ぎて不眠になって、あ、コレはいよいよマズイぞと本気で思ったが、これを2025年に作って本当に良かった。協力してくれたみんな、買ってくれた人たちありがとう。今はちゃんと寝られています。


そう、このマガジンのレビューを植田さんがブログに書いてくれて、とても嬉しかったんだけど、そこでも言及していて「さすが鋭い!」と思ったことがあって、多分、こういう生き方と〈食堂 湯湯〉という店の第一章が、ゆるやかに終わったんだと思う。それは「初期衝動だけでやること」の終わりでもあったはず。熊本で大切な友人で先輩が天国のような店をやってるんだけど、今年「2周年祝いにあげるけん」と貰ったレコードを(ちなみにKOHEI JAPAN「夜の狩人 featuring キエるマキュウ&宇多丸」)、悩み出した時期に何気なく引っ張り出したら手紙がついてて「2歳はイヤイヤ期」と書いてあって、くぅ~!!何でもお見通しやないかい!とクラい、改めてこんな先輩には頭が上がらないと思った。


こんな感じで内面にばかり深く潜ってクヨクヨばかりしていた今年の後半だったので、植田さんから今年もこの原稿の依頼があって、ハァ…暗くなっちゃうなァ…なんて考えながら、書く内容、書きたいことは頭にあったから、あとは書くだけ!書いたら2025年が締まる!と思っていたところ、12月の27日に、その人は突然店にやってきた。


憧れの…ってのも変だけど、店をやるにあたって、その思想、文章に多分1番くらい影響を受けている“憧れ”の飲食業界の人がいて。“憧れ”のタイプは色々あれど、ちょっと離れた距離からその人の言葉を享受できたらいいかな、会いたくはない、わざわざ会わなくてもいいと思っていたのは、やはりその人が“めんどくさい”の一言では片付けられない一筋縄じゃいかなさと鋭さ、ある種の嗅覚と自分の言葉を持ち合わせているからで、うーん、好きだけど会わんで良し、交わることもきっと無いだろうし、とずっと思っていた。ジャッジされるのが怖かったのかもしれない。まあ、その人がこの年の瀬に急に店に来て、飯を注文しているのである。本物だ~とか思っていたより大柄だ~とかアホみたいに思いつつも、いつも通り作って出す。

その方はとあるプロジェクトの件で、その話をしに来てくれたってのが食後にむこうから話しかけてくれてわかったんだけど、その話もやはり一筋縄じゃいかなくて、鋭くて、本で出会うその人のまんま、ロックスターじゃんって思った。そして、ひとしきり話したのちにこう切り出した。


「58にもなると(僕の作った「鶏の汁かけ飯」を)美味い、とも言い切れない。けど、美味いロック飯がきたって感じです。台湾には研究の余地がある。言葉じゃなくて響く美味さ…みたいなのが、台湾のジーサンの食堂とかにはある。んん~まあ、美味かったです。また会いましょう」と言って帰っていった。一筋縄じゃいかねえ~!ホンモノだ~!要は、その人にとってはあまり美味しくはなかったって初対面の僕に面と向かって言ってくれたんだけど、ちゃんと言うし、正直だし、見透かされたし、こちらの知らない世界にも繋がるヒントもくれた。多分ずっと数字じゃない「美味しい」とは何かを考え続けている人。だからこの人の言葉や文章、センスや捻くれ方が好きなのだろう。2025年にまだこんな瞬間があるとは思ってなかったぜ。


※ちなみに「鶏の汁かけ飯」に関しては美味しくなり過ぎないように作っているフシがある。多分突き詰めていくとラーメンの過剰さになるような気がしているからだ。朝から過剰な美味しさのラーメンは不必要だと思っているから。でもやっぱりその人もだし、いつものお客さんもだし、「美味しい」ってことが何よりも「正しい」とは思う。台湾には、ラーメンとは違う世界線の「美味しい」があるのか、その人が足りないと思ったのはなんだったのか。一度会ってしまったから、続きを話してみたいと強く思っている。そして台湾にも行かなきゃだな。


ここまで書いた現在、大晦日の20時36分。初めてバイトを雇いたいと思った程の激混み営業後の片付けもままならないままの買い出し、仮眠(ここ数日はずっと寝不足だった)、温泉、からのこの原稿。これから片付けをして、仕込みをする。元旦も営業なのだ。このままだと年越しそうだな。2025年は、全くもって、簡単に終わらせてくれなかった。


中村友貴(食堂 湯湯)

ハーポ部長が2025年を振り返る


『本のコミューン 対抗文化のイヴェント記録と通り過ぎた旅人たちの風』、略して『本風』。


2025年は自分がつくった本の風に乗って、いろんな〈世界〉を旅した一年だった。2026年は午年。「馬を放つ」(by 野本三吉)ことで一体どこに辿り着くのだろう。

1月

『本風』の編集作業に没頭。昨年末で長年運営に関わった下北沢のブックカフェ「気流舎」が閉店。わけあって最終営業日(大晦日)に「気流舎コレクティブ」を脱退。なのでぼくは最後に気流舎を去ったメンバーとなった。タイトルが長くなってしまったが、「通り過ぎた旅人たちの風」という言葉を付けたのも、この12年間の共同運営(店としては17年)で、さまざまな事情で去っていった運営メンバーやお客さんのことを思い出したからだ。その中には死者も含まれている。ワケアリで辞めたのに、閉店後すぐに場の追悼アンソロジーを作るなんて自分でもどうかしてると思いつつ、同時に、なんだか不思議な強い力に動かされているのを感じていた。

2月

正直、編集がわからない。校正がわからない。出版社などで編集者として実務経験を積んだことがない。ZINEのようなものを遊び半分で作っているうちに、なんだか作れるようになってしまった。これも素人監督をサポートするベテランカメラマンのような存在のデザイナーがいてくれたおかげだ。今回、デザインを担当してくれたnuの戸塚さんは商業出版でもひっぱりだこの売れっこデザイナーで、年度内に刊行すべき本のデザインで大忙し。こちらが投げた球がなかなか返って来ないゲラのキャッチボールが続くと、こっちはこっちで待ち時間に変な欲が出てきて、録音していたイヴェント音源をどんどん新しく文字起こししてしまう。気づくと当初の倍以上のボリュームになって、挿入したい図版もどんどん増えていく。戸塚さん、ごめん! 

3月

完成を急ぐ理由は、チェンマイ行きの航空券をすでに買ってしまっていたから。その日までに刷り上がって、完成品をチェンマイでの取材でお世話になった方々に渡したい、というあまい素人考えがあった。作戦変更。チェンマイで校正作業をしよう。ほぼあがってきたゲラを印刷し、その紙束と赤ペンを持って、いざアナログ・ノマド。行きの飛行機で信じられないくらい集中できたけど、やっぱタイに着くと怠けちゃうね。せっかくならチルなヒッピーたちがだらっとしてそうなパーイまで足を伸ばそうと、726つものカーブがある山道をミニバンで蛇行してたら猛烈な吐き気が。やばいやばいとスマホの中のオフラインで聴けるコンテンツを探してその音に全集中。去年のぼくの誕生日に気流舎で行われたロバート DE ピーコのライヴ音源でなんとか苦境を乗り切る。『本風』最後の旅エッセイにこの音源のQRコードを載せようと思いつく。やっぱり旅をするとどんどんアイデアが降りてくる。移動は偉大だ。

4月

ついに『本風』完成、1,000部自宅に納品される。部屋がインク臭い本の束で埋まってしまい、この風景が自分が望んでいた「千のコミューン」か、と愕然となる。早速、ページを開いて仕上がり具合をチェック。入稿前に何度も確認した巻末付録のロバート DE ピーコ『ライヴ・アット・気流舎』のQRコードをスマホで読み込んでみる。えっ!エラー? なんと10日後には有料に切り替わる詐欺まがいのサイトにひっかかってしまい、数万円払わないと復活できない事態に。頭真っ白、顔真っ青。千部の本を人質に身代金を要求されている状態。払うのは悔しいし、このままだと欠陥商品になってしまう。このピンチをチャンスに変えるためには、上からステッカーを貼って、もともとこれがやりたかったんですよ感を醸し出すしかない。ボーカルひろしくんの絵の画像をネットから拾ってきて、その上にQRコードを載せて、急遽ステッカー業者に発注。一冊一冊、千冊これから貼っていくのか....

5月

ISBNコードを付けてないし、作った本を自分で売っていかなければならない。幸い前著の『アマゾン始末記』のときに飛び込みで開拓した店舗が全国にあり、再び連絡をしたり、また飛び込みで営業したり。今回は有難いことに全国45店舗に扱ってもらっている。本屋に卸したからって、そのまま自動的に売れるものでもない。大阪、京都、東京各所でイヴェントをいくつも企画し、話題作りを自己演出。しかし、自己宣伝をし続けるのはなかなか辛い、誰か宣伝してくれないかな、と思っていたときにPEOPLE BOOKSTOREさんが好意的に紹介してくれて嬉しい。レゲエの記事を面白がってくれたみたいで、これは源担ぎにGREENROOM FESTIVAL 20th Anniversaryで来日するYG・マーリーを拝みに行った方がいいんじゃないか、入場料めっちゃ高いけど、あわよくばお母さん(ローリン・ヒル)一緒かも、と思い立ち、いざ横浜へ。気づくと最前列で、ボブ爺の「バッファロー・ソルジャー」の曲に乗って客席に降りてきたYGと手が重なる。ジャー・ガイダンスなスキンシップあったけど、お母さんはいなかった。

6月

タイ・バンコクを拠点に活動するレゲエバンド、シーラチャーロッカーズ来日。とにかく最高のライヴパフォーマンスだった。タイのレゲエって勝手にゆる〜いイメージ持ってたけど、完全に覆された。演奏はタイトでソリッドでダビー。そんでもってタイの伝統音楽を融合させた独自のサウンドなわけだから、大ファンになってしまった。「音楽を通して人々の心に変化をもたらしたい」と語るフロントマンWINの人間力も大きい。彼らの来日ツアーの様子がYoutubeにあがっているのでぜひ見て欲しい。日本のレゲエシーンはヒッピーシーンと繋がっている部分があり、彼らが長野の大鹿村 「八角堂」でライヴしているのはその縁だろう。ぼくも一度、正月に八角堂でのレゲエ新年会に参加したことがあるけど、メンバーが「まるで親戚が集ったみたいだった」と感動するのも納得の同じトライブ感。タイで大鹿村みたいな拠点をつくることが彼らの夢らしい。

SRIRAJAH ROCKERS - SHOWCASE IN JAPAN 2025 (Video blog)

https://www.youtube.com/watch?v=3Pk-UGbQ0Cw&t=1122s

ele-king の野田努さんに『本風』を献本したところ、紹介してくれるというので大喜びで「お願いします!」と返事したら、「じゃあ、書いて」とのこと。またまた自己宣伝をすることになってしまった。

対抗文化の本

https://www.ele-king.net/columns/011815/

7月

タイはチェンマイの地に再び降り立つ。今回は『本風』刊行記念イヴェントをやるため。なぜにチェンマイで刊行イヴェントをやるのか(日本語の本なのに)、それはただやりたいから。頭の中に浮かんだアイデアをどんどん現実化するゲームをただ楽しんでいるだけ、なのだ。2度のチェンマイ旅でできた縁を頼りに、旧市街のホステル〈Deejai Backpackers〉のヤード(庭)で「ヴィジョン・オブ・チェンマイ」というギャザリングを開く。共催はCCC(チェンマイ・チル・クラブ)というチェンマイ在住のチルな邦人女子会? 大変お世話になりました。そのときの様子を「チェンマイの磁場」というタイトルで『なnD 12』に寄稿したので、読んでみてください。

『なnD 12』

https://nununununu.net/2025-1209-2134-4691/

8月

Youtubeで札幌の高校生バンド、テレビ大陸音頭を見てハマる。フジロックに出た直後に、寿町フリーコンサートに出演するというので、いざ横浜へ。元気いっぱいの高校生のシャウトとディストーションに、前列に座っていた寿のご老人方が耳をふさいで、顔をしかめるも、孫の活躍を見守るような、あたたかい眼差しも感じる。翌日には豊田にいて、「橋の下大盆踊り」。ノマド映像作家ヴィンセント・ムーンが、自身が記録した世界中のトランス儀式の映像と音をライヴ・リミックスする「ライヴ・シネマ」が急遽ブッキング。友人で『本風』にも旅エッセイ(「風に吹かれて」)を寄稿してくれた平田博満くん(テリー・ライリーの弟子になってしまった!)がいろいろとアテンドをしている模様。ヴィンセントのプレイの前に一緒にティー・セレモニーしたら、なんかいろんなことを思い出す。ぼくがシャーマンの治療歌「イカロ」に強い興味を持ったのは、10年前に吉祥寺バウスシアターでヴィンセント・ムーンのシピボ族シャーマン映像を爆音で体験したからだった!

ハーポ部長『アマゾン始末記』(品切れ、古本で探してください!)

https://ayacari.base.shop/items/81039357

9月

夏らしさを求めて、東京オペラシティで開催された「東京音頭 –TOKYO ONDO–」に行く。BON DANCEのDJ陣は、ALTZ / COMPUMA / IORI / SEI / YAMARCHY / YO.AN。歌手のhouさんが「いきんや節」を歌い、 ベリーダンサーのNOURAHさんがフリースタイル盆踊りを舞う。「未来がただ暗いなんて思わされてないで、笑っておくれよ」という歌詞にグッと来る。セックス・ピストルズのポール・クックの娘で、再結成後のザ・スリッツにも参加していた、UKラヴァーズ・ロック/レゲエ・シンガーのホリー・クックが、なんと家から徒歩5分のライヴハウスでライヴをしに来てくれる。近所に出現したロンドンに興奮。

いきんや節 IKINYA-BUSHI / hou

https://www.youtube.com/watch?v=ltp7YP1v7Hw

Hollie Cook - Superstar / Sugar Water (live at Freedom Sounds Festival 2023)

https://www.youtube.com/watch?v=ZQ4zWCyWn4w

10月

『本風』の最終ページにインタビューを掲載したモリテツヤくんの汽水空港10周年フェス「一斉着陸」に本の出店をするために遠征。鳥取空港までの飛行機代が高いんで、ジェットスターのセールで高松空港まで行き、そこから旅をしながら鳥取の会場まで着く、というビートニクなプランだったが、本が死ぬほど重いってことをすっかり忘れていた。郵送で20kg先に送ったので、手持ちで運ぶのは40kg。高松から始まる同行二人のブック遍路。岡山の友人のアテンドでなぜか修験道のお寺を巡ったり、日本第一熊野神社で「セロトニン御守り」なるものをゲットしたり、寄り道をしながらもようやく会場に辿り着く。着陸直前にスーツケースの車輪が重さで曲がってしまう事故が発生し、無理矢理引きずって何とかゴール。着陸地点からは、本当に素晴らしい時空間が広がっていた。本屋主催のフェスだけに、本がたくさん売れ、帰りは大阪の「マヌケ出版社」の車で新大阪まで送ってもらい、そこから優雅に新幹線で帰宅。

寺尾紗穂 Live in 汽水空港10周年フェス 「一斉着陸」

https://www.youtube.com/watch?v=4nlh34fmc-4

11月

最近毎年行っている「武蔵野はらっぱ祭り」へ。夜は渋谷に行き、ロブ・スミスの来日公演。1980年代末からスミス&マイティとして活動、マッシヴ・アタックのデビューにもかかわり、ピーター・Dとのモア・ロッカーズではジャングルを、そして2000年代後半より、ダブステップへとフォーカスしたソロ名義RSDで活躍するブリストル・サウンドの要のような人物。オールで踊って、そのまま寝ずにまた「武蔵野はらっぱ祭り」2日目に戻る。芸術の秋は歳を忘れて、めっちゃ行動的。後半はダブ尽くしで、川崎の「more!!! DUB DUB DUB」では「SUSHI AUDIO WORKSHOP」 と 「PRESSURE HIGH SOUNDSYSTEM」のサウンド・クラッシュならぬ、サウンド・ジャミング(2つのシステムが共同で音出し)を堪能。そして久しぶりのマイティ・マサ。人生最大の低音を浴び、音圧で何か邪気が祓われたような気になる。渋谷では、現代に蘇ったオープンリールの名機でON.Uサウンドを体感する「OPEN REEL DUB Listening Event」、六本木の「DUB SESSIONS 20th ANNIVERSARY」では、エイドリアン・シャーウッド、マッド・プロフェッサー、デニス・ボヴェルのダブ御三家による三者三様の音の直接レッスン。デニス・ボヴェルは、『本風』の石田昌隆さんの記事でもキー・パーソンとして取り上げられているUKダブ界の超偉人。

12月

1日からインフルエンザを発症し、39.5℃まで熱が上がる。意識が朦朧としているなか、何をとち狂ったか、新シリーズが開始された『ストレンジャー・シングス5』を一気見。悪夢がずっと目の前で繰り広げられていて、アヤワスカで一番しんどい時を思い出した。治ってもしばらく虚無状態。とりあえずネットフリックスを解約しようと思い立ち、その前に観ておきたいコンテンツはチェックしておこう、と今でもまだ『ラヴ上等』など、どうでもいいコンテンツをだらだら観続けているありさま。去年の今頃は、『本風』の編集に没頭し、創作意欲に満ち満ちていたのに、今年はこのていたらくぶりだ。冬至の日に思いたって、創作活動開始。今年刊行された神本秀爾『ラスタファーライ入門: ジャマイカと日本で人類学しながら考えたこと』を読んで、入門だけじゃ物足りなくなり、自分で上級者向けのラスタ本の翻訳を始めた。Horace Campbell『Rasta And Resistance: From Marcus Garvey to Walter Rodney』。英語の勉強を兼ねての試作だけど、私家版にするだけでは勿体ないんで、翻訳権のこととかよくわからないけど、来年はこれを何らかの形にしたい。30日に、アーバン・ラスタ・スタディーズの仲間と「TOKYO DUB ATTACK 2025」で一年の邪気をダブ祓い。帰ってきて寝て起きて、大晦日、今これを書いている。



『本のコミューン 対抗文化のイヴェント記録と通り過ぎた旅人たちの風』

企画・編著 ハーポ部長

デザイン 戸塚泰雄(nu)

発行所 文借社

2025年4月20日発行

四六判334ページ

定価 2,000円(税別

詳細

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真木悠介『気流の鳴る音』とのセット販売

https://ayacari.base.shop/items/129897236



さいとうよしみが2025年を振り返る


『10年後』

2025年を振り返ると、自分の中では大きな変化があった年だった。生まれ育った東京を離れ、宮崎県の高鍋町という町へ行くことになったのだ。アート作品を制作しながら町おこしをしていくという仕事を見つけ、それがたまたま高鍋町だった。採用が決まったのが2月末で、3月には大急ぎで引っ越し業者や転居先の部屋を探し、荷造りを進める日々を送った。やることだらけで焦っていた引っ越しも、過ぎてしまえば滞りなく完了し、4月の下旬に私は一人、高鍋町のがらんとした新居にいた。


引っ越すまでの約10年間、経堂に住んだ。目を閉じても歩けるくらいには、頭の中に地図もできていた。たまにふらりと飲みに行く店もできた。古書店、雑貨店、小さな個人商店が多い町だ。ちょっと足を伸ばせば映画館もあるし、区民プールにもたまに行った。歩いて銭湯にも行った。私が陶芸を始めるきっかけとなった、今は無き陶芸教室もかつてこの地にあった。


私が住んだのは経堂駅から少し歩いたところにある小さなアパートだった。商店街では通学や下校途中の大学生をよく見かけた。大きなスーパーもあって家族連れも多かった。コロナ以降、在宅勤務をこのアパートの部屋からした。家の近くの緑道まで、よく散歩した。暮らしやすかった。だから気付けば10年近く住み続けていた。


そういうものを全て置いて、私は宮崎に行かなければならなかった。私はそれが嫌で今まで引っ越しをしなかったのかもしれない。目には見えない安心感を私に与えてくれたお店、人、町。今まで築き上げてきたそういうものたちとの関係性が、まぼろしのように霞んでいってしまうのが嫌だった。一度アパートから出ることを決めたら最後、もう後戻りはできない。次の入居者がそのうち決まってしまうだろう。私の住居だった部屋に別の誰かが住み、部屋の明かりをつける。私の部屋ではなくなってしまったその部屋の中を照らす、誰かの明かり。その眩しさを想像し、胸がひりつく。


引っ越し業者がやってきて、私が焦りながら荷物を詰め込んだ段ボール箱をどんどん搬出していった。そんなに急がなくてもいいのに。屈強な人たちが、冷蔵庫も洗濯機も軽々とトラックに運んでいってしまった。部屋が空っぽになるまでに10分もかからなかった。空っぽになった部屋を見て、私の心にも大きな空洞ができてしまったようだった。引っ越し業者の人たちが慌ただしく去っていった部屋の中を、隅から隅までじっくり眺めた。それまで冷たい雨が降っていたが、引っ越し作業が終わる頃に雨も止んだ。


10年前の自分に、まさか10年後に宮崎に引っ越すことになるなんて想像できただろうか。未来は予測不可能だ。この10年、なるべく自分のやりたい方へ、なりたい方へ、頑張って近付こうとしてきた。けれど、寄せては返す波のように、引き戻され、うまくいかないこともあった。それでも、何事もやってみようの精神でこれまで乗り切ってきた。10年間、自分なりに色んな勉強もしてきた。10年前の自分のことを思い出していたら、私の心の空洞に風が吹き抜けていった気がした。そうだ、私は風のように身軽にどこにでも行ってみたいと思っていたタイプだったのに、どうしてこんなに臆病になってしまったんだろう。どこにでも行ってみたらいいじゃないか。


引っ越しという儀式により、私の心からもたくさんの荷物が運び出され、風通しが良くなったようだった。心が身軽になると、どこにでも行けるような気持ちが生まれてきた。どんなに緻密な計画を立てたって、10年後のことは誰にもわからない。その都度自分の最善を尽くすしかない。だから、10年後の自分よ。また思いもしないようなところに連れていってくれよ。


Tact Sato が2025年を振り返る

こんにちは、イラストレーターのTact Satoです。今年も植田さんに振り返りを頼んでいただけるんだろなーと思っていたので、1年間気になったトピックを随時メモしていたので、それらと共に振り返れたらと思います。

側から見れば、懐古厨(お懐古さんと呼びたい)による、懐かしくて古いものとの出会い直しの記録を、読んで楽しんでいただければ、幸いです。それでは、どうぞ〜。

1.最初は、去年のノイズコーナー漁りの流れから、解像度激悪デザインに逆に悪い内容ないという定説から1年が始まりました。画像解像度とは、画像を構成する点の密度を表す数値で、自分がCDサイズのデザインを納品するときがだいたい400dpi(通常)なんですが、ごくたまにロックコーナーをゴソゴソ漁っていると、それを大きく逸脱しているであろう解像度おそらく72dpi(ネットにあげる画像くらいの解像度)くらいのジャケに出くわすことがあるんですが、とんでもない違和感と、同時に、自分たちは解像度というクオリティーコントロールに縛られていたことに気づくことが出来たんです。ただ、そういう術を知らない方が作られたレコードなので、中身もそうした術から解き放たられたモノが多く、かなりホーミーな内容(自家製)なモノが多く、暖かい気持ちにしていただけました。ただ、そうした効能に気づき、逆にそれをデザインに転化してる方もいますが、そういう音源もそれはそれで素晴らしいので、みなさんも是非チェックしてみてはいかがでしょう。


2.アーリーエレクトロニカリバイバル熱高まる。2000年代以降に爆発したエレクトロニカの初手の部分(97年くらい)の、あまりビートにフォーカスしてない室内楽的な趣のモノを聞き直したら、ニューエイジやムーグ音源の延長で、出会え直せるかもと思ったので、その辺を探したりしてました。特に小山ペニンシュラにて発見出来ることが多く、店主ともそんな話で盛り上がりました。先日のL?K?OさんのDJでは、ブレイクコアに混ぜて、この時代のアーリーエレクトロニカグリッチヒップホップをかけていて、なんだかよくわからないものの意見交換会も出来て幸せでした。そいえば、次点で、ブレイクコアとデジタルハードコアにもハマり直し、買い集めてました。エレクトロニカとデジタルハードコアに梯子を渡した記念すべき名作「ハイパーモダンジャズ2000」を作ったアレクエンパイアの偉大さに気づいた一年でもありました。ありがとう。


3.ブレラン以後の都市デザイン。ビルの側面にデカい液晶モニターと、その隙間を縫うように浮遊する車。こんな情景に、今年買ったDVD、ビデオの中で出会う機会が多かった。予算の違いにより、街の規模感や、車の数はそれぞれ違えど(タイムコップに関しては現代の街並みをシドミードデザインの車が一台走ってるだけ!!)、ルールに基づいた都市設計は、眺めるだけで楽しい。それぞれの内容は、ダイハード×ブレラン、トータルリコール×ブレランなど、ヒット作の掛け算的内容が多いので、確かめ算的感覚で見るのがオススメです。ちなみに今年見た映画ベストは、1位ワイルドボーイズ、2位あやつり糸の世界、3位サブスタンス、4位逆転のトライアングル、5位キムズビデオ。どれも素晴らしいシーンの連続(おちんちんが海に流れる、ハイセンスモダンインテリアオフィス、背中割れる!、ゲボの重奏低音、映画の力を借りた犯罪)が今も脳髄に焼き付いております。


4.歴史本。今年のはじめに、北京発中国取材の現場からというポッドキャストを聴き始め、自分が知らなかった歴史が多いことに気づき、古本屋さんのワゴンセールにある歴史を扱った文庫本を買っては移動図書として活用してました。それぞれの事柄は知っていても、それらが串刺しになってはじめて理解できることもあるなと気づくことができました。歴史を通して、自分が好きな文化を読み直すことも、また、違った側面が見えて趣があります。オススメです。ちなみに最近、エロスの歴史という本を買いましたが、概念ばかりで串刺し感が乏し(内容的価値は別)かったので、お気をつけて。


5.キングオブキングファミリー。10月から軽妙通信という、古着を扱った連載が始まり、毎月古着屋さんに取材に行くのですが、そうした専門店では、中々出会えないストリートブランド(もしくは謎ブランド)に出会いたいという欲求を友人知人に吐露していたところに、多数の助言をいただき辿り着いたキングファミリー。値段も破格(会員なら月末は半額!!)で、品揃えも実家から出土した息子のストリートウェア感があるものが多く、よくわからないイキリ感のあるタグデザインを見つけるだけで、飯が何杯も食べられる。小物も時間軸から解き放たれたオーラを放つものが多々あり、行くたびに発見もあり、軽妙通信とは別で進めるプロジェクト(リサイクルショック2イキリブランドの栄華)が動き出しました。こちらもご期待いただければ嬉しいです。

長くなりましたが、そんなこんなで、今年もみなさんの助言、進言、金言に寄りそって、このよくわからん世相を生きていこうと思いますので、お気軽に話してかけていただけるとうれしいです、そいでは!


2026/01/03

植田彩乃が2025年を振り返る


PEOPLE BOOKSTOREに通う大学院生の植田彩乃です。

3月に大学院を卒業するということもあって

「決断」や「居場所」について考えたり話したりすることの多い年でした。

 

けれど、流れに身を任せて予想もしなかった所に行くことも同じように多かったです。

思い出すのは夏に訪れたギリシャでのこと。

アテネ近郊を調査し、作品を作る短期留学に参加していました。

 

貧困、シャッター街、グラフィティ、ドラッグ、想像していたよりも多くのものがアテネでは混ざり合っていました。

 

夏のギリシャは日没が遅く、授業は22時ごろまで続き、遅いときはホステルに着くのが24時を過ぎていました。

 

ホステルの同室で台湾からやってきた映画監督を目指す子と友達になりました。

彼女の名前はルーシー。

 

台湾ではイングリッシュネームというものを台湾語の名前とは別に両親から貰うそうで、あだ名としても使うらしいです。

 

この留学は面倒見が良いわけではないのでどこなのかもわからないギリシャの田舎へ放り込まれます。日本よりはるかに強い日差しの中、ルーシーとペットボトルの水や食べ物を分け合って歩きました。

 

ルーシーとは英語で話しますがお互い母国語ではないので簡単な言葉しか話せないし疲れている時は会話がなくなります。でも不思議と仲が良くなりました。

 

そしてギリシャでAlekos Fassianosという画家にも出会います。書店で彼が手がけた装丁に一目惚れし、美術館があるというので翌日さっそく行くことにしました。

 

そこは要塞のような建物で、扉を探していると通りがかったカップルが「行きたい場所は多分ここから入れるよ」と入り口を教えてくれました。

 

中には叫びたくなるほど好きな作品ばかり。

教会で育ったせいか彼の絵は神話的、だけど親しみを感じます。

思った通り魅力的な人物でした。

ファシアノスは2022年に亡くなっています。

 

帰国後の9月、

ルーシーへ会いに台湾へ行くことにしました。

 

訪れた日がたまたま中秋の名月で台湾ではみんながBBQをして祝っていました。

 

ルーシーの同級生たちとその家族の集まりに呼んでもらい、色々な人からパイナップルケーキや栗のケーキ、柑橘系のフルーツをもらいました。月に似ているからだったかな。

 

そして真夜中にエビ釣りに連れて行ってもらいました(台湾ではメジャーらしい)。

熟練の釣り人たちがコツを教えてくれるけど全くわからない。

とにかく一息で引け!と言われました。

 

そんな風に過ごしているとき、「自分の決断だけで行動することの何とつまらないことか」と思い始めました。

 

みんな自分で決めろとかいうけど、本当は自分で決めたことだけじゃないはず。

そう思うのはまだ未熟だからでしょうか。

 

覚悟を決めるのが向いてないなら

混沌の中に身を投じてみるのもいいと思いたい

 

投じた先に何があるのかわからないけれど

2026年も楽しみながら流れに身を任せていきたいなと思いました。

土井政司が2025年を振り返る


2025年。今年はとにかく『平凡な生活』にすべてを注いだ1年間でした。信頼のデザイナー呉松慶吾、そしてマノ製作所のおかげで本当に良いものができました。またトーフビーツ氏絶賛の小幡玲央による痺れる解説も必読です。発売から3ヶ月で増刷できたことも自分自身の励みになりました。金井タオルさんにお声がけ頂いて『趣味のほとりで』に寄稿させてもらったことや、DOVEくん渾身のMIXCDにレビューを書かせてもらったことも、とても良い経験になりました。そして坂崎麻結さんにインタビューをしてもらったSbジャーナル、さらには彼女の鋭い筆捌きのもとタラウマラと『平凡な生活』を紹介して下さったF.A.T.マガジン、いずれも光栄の極みでした。そして何よりも今年も沢山の読者の方に出会えたことが幸せでした。「じゃあ何で書いてるの?」を自問しない日はないですが、漫画『ルックバック』で畦道をスキップする藤野ちゃんの気持ちはよくわかります。

もうひとつ特筆すべきはタラウマラの経営を維持するため、あるいは新たな人生実験を遂行すべく深夜のアルバイトを始めたことです。とある生活介護事業所のアルバイト面接を受けることにした日、私は天啓のようなものに串刺しにされました。面接の後、副施設長が施設内を丁寧に案内してくれました。利用者さんの障害の程度によって部屋が分かれており、多くの方が車椅子を利用し、場合によってはベッドから起き上がることさえ困難な方々もたくさんおられました。3Fから順に降りてきて、いよいよ最後の部屋で挨拶をした際に、ひとりの利用者さんが私に何か言いたいことがあるそうで、スタッフの女性が車椅子を私のすぐそばに近づけてくれました。利用者のAさんは言葉を話すことができないため、筆談ボードを用いて対話をします。五十音表の上をAさんの持つ木製のペンがゆっくり動いていきます。視線で追うと「な」「に」「し」「て」「る」「の」だったので「自転車屋ですよ」と答えるとAさんの表情がパッと明るくなりました。次に「い」「つ」ときたので、いつから自転車屋をしてるのか、それともいつここで働くのかを聞かれてるのかと思って答えてみるも、どうやら見当違いのようで、今度はAさんの顔が明らかに歪みました。副施設長やスタッフの方々も救いの手を差し伸べてくれるのですが、一向にAさんの質問の意図がわからずお手上げ状態。苛立ちを露わにしているAさんに副施設長が「自転車屋さんのこと聞きたいの?」と聞くと大きく頷く。

「どんな自転車を売ってるのかを聞きたいの?」に対しては微妙な表情。横から私が「中古の自転車ですよ」と言うと、ふたたび表情が明るくなりました。そこで副施設長が「そうか、新品か中古かを聞きたかったんやね。AさんはSDGsに興味津々やもんね」と言って笑いました。Aさんは満足そうに笑みを浮かべて定位置に戻ります。中古か新品かを聞くための問いかけが「いつ」から始まるコミュニケーションを私は初めて体験しました。その感動を副施設長に伝えると、彼は照れ臭そうに笑いながら、ああやってうまく答えを導き出せるのは稀ですよ、でも言葉を話せない彼らのなかにもきちんと言葉があって、そこに少しでも気づくことができればと思うんですが、出てきた言葉が彼らの本当の想いなのかと言われたら違うような気もするんです、と仰っていました。ここ最近ずっと思っていたことではあるけれど、私たちは言葉を使って一体なにを伝えようとしてるんやろうか?利用者さんの内側にある言葉と私たちが外側に発する言葉は果たして本当に同じ地平にあるもんなんやろうか?まだ働いてもいない分際で、えげつないものを突きつけられた気がしました。


本を作ることも、障害のある方と向き合うことも、大切なのは具体性であり、AIやChatGPTの発展によって現実「らしい」映像や、人間「らしい」応答が蔓延るいまの世で、これからの自分が向き合わなければいけないのは「らしさ」の虚飾を剥ぎ取った圧倒的な現実と人間なのだと感じます。その先で自分「らしさ」ではなく、単純明快な「自分」が私の前に立ちはだかることを楽しみにしつつ、これからも、もっと這いずるべきなのだと思う。

natunatunaが2025年を振り返る


2025年、とにかく動いた。久しぶりの人に会うと必ずといっていいほど言われたもんだ「いつも忙しそうだね」「どこにいるかわからないんだもの」

反して、つくばで、馴染みの店でわたしをみること、きっと増えたとおもう。たくさん動く一方、軸足をつくばに置くことを意識した一年だった。どんな非日常に見える出来事も、日常と結ぶ。わたしの日常は誰かの非日常なのかもしれないけれど、延長線上にある。そうじゃないものとは意識的にはなれた。わたしがやらなくていいものはたくさんある。

絵描きがこの街で生きていけるか?と考えた時に、まだ、ちょっと難しいと感じている。自虐で、わたしが売れていないから…みたいな言葉で茶を濁してはいかんのだ。まずはわかってもらうことからと思った。わたしはこの街で絵を描いて暮らしてきたし、もう少しそれを続けたい。

〇〇〇

さて、振り返り…
2025をふり返ろうとしても、今このラストスパートしてる只中(例のごとくカレンダーに追い込まれている ※2024振り返り参照)のわたしがゼロから振り返ったら最後、スピードは落ち、コースをはずれること請け合い(て、ネガティブな表現に使えるのだろうか)

過ぎ去る日々の中、忘れちゃならねえってな気持ちをインスタにいくつか置いてきている。その中から、2025の目じるしになりそうな日の日記を。

〇〇〇

2025年12月8日

しんだほうがマシと思わせる世の中なんて絶対おかしく、そのことにはしっかりと抗っていきたい。政治が担う部分は本当にでかくて、おかしなことにはきちんと反応せにゃと思う、一方、芸術や音楽などなどの持つ力を再確認する日々で、しかしこちらも水やりを怠ってしまったらいつ枯れてしまうかわからない。ひとまず自分の中で大切だとおもうのが、街の中に音楽や芸術の居場所を取り戻す、手のひらの中だけではなくてね。街の中でフェスをしたり(頑張ってつくりだす非日常のお祭りは素晴らしいしいろんなきっかけになるとは思う)とか素晴らしいけど、自分が思うのはもうちょっと枝分かれして、もうちょい細部、日常の中で出会えるもんだといいと思う。そこで、やはりお店なのだ。お店というものの担っている部分、そして可能性は、もっともっと認識されるべきだと思う。

今どのお店も、楽なんてしてない。自分は店がなく根無草なので色んなお店に顔を出してあれこれ話しては思う。お店が昨日あって今日もあって明日もあるって当たり前ではないのだ。ひとつの店が幕を閉じる、そのことがいかに大きな悲しみであり損失か。いままで嫌というほど経験してきたはずなのに、いつだって気づくのはあとなんだ。そんなのはいやだ。

もう一度目を向けたい。手のひらの中からピントを街に、店に、人に合わせていく。モノやコトに、関係に、感情に、合わせていく。失いたくないものにしっかり愛情と時間を注ぐ。まずはそこから。メモメモ。忘れないように。言葉にするのは難しく、随時なおすと思います。

読んで連絡してくださった方ありがとう。届くといいなといつも思ってる。ありがとう。

〇〇〇

自分の日記を見返しながら、いろいろ思い出してきたから書きたそう。2025のテーマは小ささを大事にすることだったように思う。
そこにバイブルのように手の中におさまったのが、ある日PEOPLE BOOKSTOREで手に入れたDJ PATSATのPATSATSHITという一冊。おすすめしてくれたうえへい(※PEOPLEの店主植田氏に)は本当に感謝している。この本をポケットにいれてライブに向かう電車に乗り込む。仲間というのはおそれおおいけど、各地にいる、小ささを大事にする方々とこうして作品を元に繋がって(ひねくれず純粋にこの言葉を使いたい)いきたいなとしみじみ思う。本当に大事なことと思う。夏には作者の土井さん一家にお会いできた。とても力をもらった。

またはじめて、手製本をした。ミュージシャンにたないけんさんの「いかだで銀河」という作品。彼の詩の中にみつけた一文「ちいさな景色にならないか」という言葉にとても救われた一年。実際はその詩はわたしが思う意味合いとは少し違うかもなのだけど、そうさせてくれる自由さがある。抜き出しておまじないのような気持ちでポッケにいれてる。

いかだで銀河のいかだってこの言葉たちのことかな。ぷかぷか、ふわふわと浮いていてどこまでもいけそうだ。詩集再販できて本当によかった。

受け取ることからはじめること、そしてそれを次に繋げること。全て日常と地続きにすること。
2025に感じたいろいろをカバンに詰めて2026は再び、名古屋のブラジルコーヒーで個展をさせていただく。1月9日から。
2023にうけたカルチャーショック(※2023振り返り参照)から2年、少しは成長できただろうか。

まだまだ旅の途中、ではまた!!

河野泰然が2025年を振り返る


2025年で(=小学4年生の3学期から5年生の2学期まで)、自分が面白いと思ったあれこれを発表させていただきます。

(写真は、春に父ちゃんと行き当たりばったりの旅に出たさい、つくばのエキスポセンターで撮ってもらいました。)


柴田ヨクサル『東島丹三郎は仮面ライダーになりたい』1巻(小学館)

 仮面ライダーになりたいまま、気づけば40才になっていた人の話です。自分もへやで仮面ライダーのまねをして、1人でよく見えないてきとたたかっています。なので、読んだ時まず最初に、自分と同じことをしてるじゃん!とおどろき、なにか近い物を感じました。そして主人こうが仮面ライダーのおめんをして泣きながら「オレのは「仮面ライダーごっこ」じゃないから本気だから……」といった時ものすごくグッときました。それはなぜかというと、保育園の時は仮面ライダーのまねをしている人は山ほどいました、でも、小学校に入って3年生ごろになると、仮面ライダーのまねをする人や見ている人、(仮面ライダーの)服をきている人はいなくなり、自分も学校がえりに1人で仮面ライダーのまねをするのをやめ、見ることもやめていた時がありました。ですが、家の中では仮面ライダーのまねをするのはやめませんでした。そして2024年ごろから仮面ライダーをまた見はじめました。そして5年生になった今でも仮面ライダーを見ていますし、まねもしています。(さいきんは、この本をきっかけに初代のDVDを見ています。ずっと見ていられます。さいこうです。)そんな自分と主人こうをかさねて読んでいるので、すごくおもしろいです。


そやまかずとし『めちゃかわ♡でんぢゃらすじーさん』(「コロコロコミック」11月号/小学館)

 完全にちいかわのパクリだったんですがすごくおもしろくて、ちいかわの作者いがいでもあんなにおもしろく描けるんだと驚きました。ちなみに、まんがのさいごで、しゃざいかいけんをおこなっていました。


ナガノ『ちいかわ なんかちいさくてかわいいやつ』(講談社)

 一回読むとわらってなけてどこかカオスなちいかわワールドにのめりこんでいきます。色々なキャラクターが出てくるので、自分ににたキャラクターや好きなキャラクターをさがすのも楽しいです。ちなみに自分はくりまんじゅうが好きです。


吉田戦車『ぷりぷり県』

 主人公・ぷりぷり県出身つとむが会社内の他県出身の社員を相手に自分の県の自慢をしあうところが最高です。登場人物の中ではどくりすが一番好きです。吉田戦車先生は『伝染るんです。』も最高に面白かったです。


……10冊は選ぶつもりでしたが、2025年はいいのが多すぎて絞りきれませんでした。

印象に残った作品としては、『写らナインです』『コジコジ』『廻天のアルバス』『でんぢゃらすじーさん大長編コレクション上巻』『ポムポムプリン いつだってチームプリン』『ケシカスくん ケシピン最強の消しゴムは誰だ』などです。

今年もよい作品に出会いたいです!

2026/01/02

Kossi Caldwellが2025年を振り返る

  散々な元旦を経て、だんだんなんか転々とよくなっちゃった2025年。

  helloやっほーこんにちは!Kossi Caldwell、または、こしのです。2025年12月5日、金曜日、午後6時前。ちょうど20分前にPEOPLEの植田さんから「2025年(前年)を振り返る」記事へのお誘いを頂きこちらの文字を打ち込んでいるところです。本当なら今夜はmy相棒のあやのちゃんと酒を飲みに行く予定でしたが、あやのちゃんの仕事が急に立て込んでしまいその予定は繰り下げとなりました。まさに師走を感じさせてくれるぜ。がんばれあやのちゃん!わたしもがんばる!

  なんてテキストをiPhoneのメモ帳に残したまま、瞬く間に時は過ぎ、迫り来る2026年。本日は大晦日。植田さんはこの振り返り記事のお誘いをくれた際、「31日までに提出してくれれば良いよ」と言ってくれておりましたが、通常おとなの皆様はこういうの大体28日とか29日くらいには出してるモンなんじゃないでしょうか?わたしは何をしていましたか?遊んで暮らしておりましたね。その間にも二度、植田さんに会っています。植田さんも遊んでました。みんな遊んでた。みんな遊んでるの見たよ。じゃあ、いっか!いいね!それではみなさま参りましょう!Kossi Caldwellの2025 Time Slippy!!

  ──わたしの2025年は、三角コーナーに長らく放置された生ゴミみたいな気分でノソノソと始まるのでした。

  いつも必ず晴天の元旦。太陽はいたく明るくて、乾燥した冷たい空気が頬を赤くする。お気に入りのマフラーをしっかり巻いて、みんなで初詣に出かけましょう。

  始まったばかりの2025年、わたしにはこんなシーンに巻き込まれる兆しは全く無く、6畳間でひとり辞めたハズの紙巻きタバコに火をつけて、薄茶けたカーテンの隙間から差し込む日差しから申し訳程度の「元旦」を感じていました。

  ヤニを吸い込んだあらゆる家具がわたしの全てを模しているようで気が滅入る。わたしはタバコ臭い部屋が嫌い。臭いから。なのにタバコを吸う。何本も何本も何本も。もちろん居心地は悪くなる。臭いから。タバコを吸う。そうしていないと呼吸すらままならないのではとまで考える。

  ──うわあ!暗い!怖!やば!2025年の最初の方は、訳あってとんでもなく傷ついておりました。ションボリングベイ。なんだあれ!あの感じ。ひとが一度に感じられる失望や落胆のマックスをちょっと超えてた気がする!むかつく!なんだテメー!!(※知らない感情にはじめて触れた時に怒っちゃうのってすごくバカっぽくていいよね♡)

  なんて、絶望的な出だしを書き連ねたもののそれらは現在すでに遠く朧げな過去となり、もう殆ど覚えていません。

  それよりもその真っ只中から今まで、そばで支えていてくれた大好きなともだちみんなの事ばかり覚えています。わたしの頭の記憶に関する容量は40KB程度でしょう。ファミコンの初代スーパーマリオブラザーズのデータ容量と同じくらいです。ツマんない事はガンガン捨てないとストレージを確保できません。この都合のいい頭には、ともだちが作ってくれた最高に素敵な思い出ばかり、それだけが保存されています。 

2025年の夏、引っ越して新しい場所での生活をスタートすることができました。

  引越しの決め手となったのは悪友SPRAとおしゃべりしていたとき流れで出た「こっち引っ越してきちゃえば〜?」という提案でした。

  それもそうですわ。わたしはOctBaSSやGOOD NEAR RECORDSにばかり遊びに行くし、そっちの方に引っ越したらどこに出かけるのだってもっと簡単になりますわ。素敵ですこと。引っ越します。引っ越しました。そして引っ越してまもなく、その悪友SPRAとの悪ふざけトラッシュトークから「こしのBillboard」を開催するに至ったのですが、これにはあまりに思い出があり過ぎますので割愛させていただきます。(めっっちゃくちゃたのしかったね!!なんか、たくとくん(tactsato)泣いてたらしいよ!へんなの!あはは!)

 そばにいてくれるともだちみんなのおかげで、絶望に触れたあの日々は完全に終わり、失意のあまり失った8kgの体重もすくすく取り戻しつつあります。こしのか the よく食べてよく遊びすごく寝る。

  2025年を振り返って、今一番思う事をぎゅっとすると、全てにおいて「おかげさま」です。

  常々、だれかのおかげでわたしがあります。ありがとう。みんなみんな、大好き!

金井タオルが2025年を振り返る


振り返ってみれば、今年はたくさん人前で喋った年でした。


ピープルでは、わたしのつくる雑誌の即売会をやらせてもらい、やはりピープルまわりの愉快な仲間たちが開催するイベントにも呼んでもらいました。そのほか、様々なイベントで商品について喋りまくりました。当たり前なんですが、ちゃんと説明すると売れるんですね。

この「当たり前」を端からやらないというひねくれた姿勢で生きてきたのですが、多くの人が当たり前とすることにはちゃんと意味があった。と、あまりにも当たり前のことを、あらためて新発見のように書いてみても、当たり前ですがさしたる意味は生まれない。という、無意味な堂々巡りを書いたり喋ったりするのが大好きです。

気づいたことは、もうひとつ。考えあぐねたことは、書くよりも喋ったほうがはやかった。

前述のイベント以外にも、はじめてラジオ番組で喋ったり、書店のトークイベントに登壇したり。自分のポッドキャストも2ヶ月に1回くらいのペースで更新していたし、そうか、たくさん喋ったなァ、ということをポッドキャストであらためて喋ったり。来年も無益なことを書いたり喋ったりして、そうしてまた年の瀬を迎えられたら最高です。

●読んでくださった方へ
わたしが編集した植田さんの読書日記を〈PEOPLE BOOKSTORE〉と〈平凡〉で絶賛発売中です。ぜひ、年末年始のおともに買ってください。

●植田さんへ
サーフィンのことは、別の機会に書くか喋るかします。

それでは、また。