2026/08/17
南浦和出張記②
南浦和出張記①
2026/01/05
森本英人が2025年を振り返る
ZINEを出しましょう。もちろん、ぜひやりましょう、という話をしながら、その実、ZINEというものがなんだかさっぱりわからない。ZINEフェスやアートブック・フェアに足を運んでみたけれどもやっぱりわからない。というか、ますますわからなくなってしまった。そもそも手に取って読んでみたいと思えるものに出会えていない。そんな状態がもう2年も続いていた。自分はなにか思い違いをしているんじゃないのか。
夏が終わるころ、たまたま見つけたシカゴのZINE専門のオンライン・ショップでなんとなくおもしろそうなZINEをみつけたのをきっかけに、いくつかその手のショップを辿って、けっこうな量を買い込んだ。
『1900年代初期のボストンにおけるイタリア人相互扶助組合について』、『移動式監獄展示バス:20世紀中期の少年犯罪防止方法』、『パレスチナのレコード・ジャケットのグラフィック・デザイン集』、『カントリーのもっとも有名かつレアなシングル盤「PSYCHO」の物語』、『ドラックにまつわるカントリー・ソング10選』、『シカゴ・リーダー紙所有のミュージシャン宣材フォト・コレクション』、『ヒップホップの黄金期におけるミリタント&アフロセントリックなロゴ&アイコン集』などなど。だいたい5ドルから8ドル、高くて11ドルといったところ。
送られてきたZINEの、おそらくどれも自分たち自身で裁断、中綴じをして製本したらしい、愛くるしい無骨さに驚いた。
『12月3日』というタイトルのZINEは、アメリカ中西部で1990年12月3日に起きると予言されながら、実際には起きなかった地震の騒動の記録。『キッチンから』は、教会や地域コミュニティの活動資金を得るために、アメリカの様々な地域で販売されていたクックブック(我が家のレシピ集)のコレクションと考察。『ポスチュマス』は、いまはクローズしてしまった、全米各地のローカル・ミュージック・シーンを支えたDIYイベント・スペースへの愛情溢れる追悼文集。『アントニア』は、自分が生まれ育った町に似ていると思えるようなものをいままで読んだことも見たこともないという作者が、その郵便番号もない小さな故郷の田舎町アントニアについて綴ったZINE。その町がとりたててユニークなわけではない。ただ「わたしが出会った田舎の描写は、親しみが持てず、あまりにも辺鄙だったり、あまりにも馴れ馴れしかったり、あまりにも単純で、あまりにも貧しく、あまりにも不気味で、あまりにもロマンチックすぎる世界のように思えた」。『フィッシュ・イン:1960年代の黒人とネイティヴ・インディアンの連帯』を読んで、1960年代当時、ネイティヴ・インディアンの団体が黒人の公民権運動からは距離をとっていたということをはじめて知った。その流れに逆らって、公民権運動に刺激を受けたネイティヴ・インディアンの若者たちが行ったある抗議活動に、黒人たちも連帯を示し加わったという記録を拾い集めたZINE。『逆さまのパンクス:フガジ・バスケットボール・リング・ショウの奇妙な真実の物語』は、ワシントンD.C.のパンク・バンド、フガジがデビュー直前に行った伝説のライヴの舞台裏を、イベントのオーガナイズなどまったく未経験だった当時19歳の主宰者に寄り添って描いたもの。彼はずっとライヴは失敗だったと思っていたし、その後二度とイベントを主催することはなかった。
どれもとてもローカルで、ときにとてもパーソナルなテーマ、歴史のエアポケットに落ちたまま忘れ去られてしまった出来事にフォーカスしているのに、時間をかけて丁寧にホコリや泥を取りのぞいたさきに見えてくるものに、一転して親密な、現在の自分とどこかで確実につながっているという感覚を覚える。
『なぜファシズムの時代に自費出版を?/その出版日記』には、ZINEの出版/ディストリビューションを行っている著者の活動がどのようにしてはじまったのかが記されている。それはアーティストの友人とランチを共にしていたときの次のような会話からはじまった。「莫大な冨と権力を持つ最低の連中にとって可能なかぎり役に立たないアートのかたちってなんだろう?」。著者が考えたのは「まずは7ドルのZINEからはじめてみよう」。
僕が気になったZINEの出版や流通を手掛けている人たちの声を拾い集めていると、80年代後半のワシントンD.C.のパンク〜ポスト・ハードコア・ムーヴメントに少なからず影響を受けている様子が伝わってきてなんだかうれしくなってしまった。フガジを聴いて育ったティーンエイジャーが、それから30年以上たったいま、ZINEの制作、出版を楽しんでいる。素敵じゃないか。
いくつかのZINEを読みをえたいま、その認識は半分間違っていたのかなという気もしてくる。むしろフガジやディスコードのDIY活動が成立しえたのは、そもそもこうした若者たちの存在があったからじゃないのか。
アンダーグラウンドでもインディペンデントでも、オルタナティヴでもなんでもいいが、そこがメインストリーム予備軍の溜まり場だとしたら、僕にとってこれほどつまらないことはない。
「許可を待たずになにかをつくる自由を体験すること」
「アンコントローラブルであること」
(なぜファシズムの時代に自費出版を?/その出版日記)
ZINEという手法でしか伝えられないものがあるということを、やっと実感できた気がしている。アンダーグラウンドにもインディペンデントにも、その存在をかけて貫くべき本分、守らなくてはならない領域というのものがあるはずだ。
惣田紗希が2025年を振り返る
2025年はいろいろなことから10年が経ち、それぞれのそれからの10年目に立ち会い、自分でも10年ぶり、それ以上ぶりにやってみることが多い年だった。10年以上個人のまま仕事をやっていると、今現在が過去の仕事に責任として反映されていくような気もするし、流れ去っていくものが大半な気もするし、そんななかで何がどう積み重なっていくのだろうと思う。
年始に本棚に入らなくなった本を整理して、売るなりなんなり処分してもいいかと思った本を振り分けてみたら山のように積み上がった。ここ数年、グラフィックデザイナーやイラストレーターや建築家が足利に移住してきているという状況を間接的にぼんやり把握していたので、その人たちに声をかけて古本イベントをやってみるかと企画。ただただこの本の山を処分したいという一心で。
とりあえず同級生のデザイナーの鶴見と、鶴見とオフィスをシェアしている建築家の丸さんと、イラストレーターの村松くんに声をかける。村松くんはPEOPLEの民、河合浩さんから足利=惣田と聞いていたらしい移住者で、つくばとの縁がある。村松くんは欠席となったけど、鶴見と丸さんのオフィスを会場として使えることになり、GO ON牧田さんとサトウタクトくんに声をかけ、ashikaga social spot と銘打ってとりあえずやってみた。
やってみると、出店者も来場者もそれぞれ個人の文化を持ち寄るみたいな感じでおもしろかった。イベントを終えた日の夜に15周年だったマーラーズパーラーにタクトくんを連れて行ったら、さっきまでのイベントでは見なかったとびきりの笑顔を輝かせ、全員初対面にも関わらず10年友達みたいな絡みと面構えをしていておののいた。「この感じPEOPLEに近いかも!」と大声で言っていた。
それ以降、個展と仕事で4月以降は毎日締切フルマラソン状態で、ドタバタ駆け抜けていった。その間、ashikaga social spot 第二弾を牧田さんとタクトくんが企画してくれて、ただ楽しみにしている人となる喜びを味わう。
第二弾に牧田さんとタクトくんが揃えたのは、つくづくの金井さん、PEOPLEの植田さん、pottmann、そして足利のフレッシュ枠の速水くん。
PEOPLEには2014年に河合さんの展示を目的に初めて行って、それ以来ちょくちょく通うなか、いつだったか白い紙に青い線画の絵が印刷されたポスターを植田さんが指差し、「最近この人おもしろいよーサトウタクトくん」と言っていたのを覚えている。更にある日、マーラーズパーラーで牧田さんと打ち合わせした時、牧田さんがタクトくんデザインのつくづくTシャツを着ており、タクトくんが足利に移住してきたことを植田さんに聞いていた状態で「これを足利で着て歩いてたらサトウタクトくんに気づいてもらえるかも!」と言っていた。その時は、遠回りすぎでは? と思いつつ、一連の流れを全て伏線回収するような日となった。打ち上げでは金井さんと植田さんがジジイぶりを発揮していてやかましかったけど、片付けを終えて合流した牧田さんがそのふたりの上を行くやかましさで全てを覆い尽くしてきたので、金井さんがおとなしくなっていた。
コロナ禍以降全然行けていなかったPEOPLEの品揃えは足利でも輝いていて、ひとつの興味が水切りの石のようにビュンビュン飛んでいくような楽しさがあった。やはりお店に行かないとだな。SNS上の情報や流れを受け止めきれないというか、考える余地よりも即座の反応が求められているような感じがしんどくなると、アプリを消して距離をとるようにしている。紙やブログ、対面では話せることや受け取れることが増える。わたしは対面ではめちゃくちゃ顔に出るけど、SNSで見えてるところだけで理想を固められても困る。そこに辿り着くまでの移動を経て、実存を確かめ合って、それから少しだけ対等でいられる時間を過ごせるようになるのかもしれない。また2026年もなにかやれたらいいな。
写真:打ち上げのあと雨のなか拳を振りかざし宿に向かう植田さんと見守る牧田さん
キングジョーが2025年を振り返る
2025年を振り返ると、2月に転職して夜勤中心の生活になったことが自分にとって大きな変化でした。
夜勤明けに帰宅してひと息つくと、平日の昼間に自由な身であることが嬉しくやたらと映画館に行ってたような気がします。
『シビル・ウォー』『サブスタンス』『愛はステロイド』『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』と、残忍もしくは陰気で自意識こじらせたようなやつ、他人への共感能力に決定的な欠如のあるやつが出てくる映画ばっかり観てたように思います。
決定打は『ボディビルダー』。劇中、主人公による陰湿な意趣返しのシーン。そのシーンでラジカセから流れる音楽に上記残忍or陰気映画が一本の線でつながった気がして、その線が「現在のダークサイド」を象徴しているように思えて、震えました。
※その反動で、友人のDJ薬師丸さんにお勧めされた映画『シャドウズ・エッジ』を観た時、齢70でまだまだ元気にスタントをこなすジャッキー・チェンに心が洗われるようなスッキリとした気持ちになりました。敵の「影」と呼ばれるおじさんも又良くて。老いも若いもAIも皆で力を合わせて悪を倒して。かと思ったらラストで根絶ではないことが雑に暗示されて。
あと大きかったのは、10年近く集めてたタイのレコードでミックスCDを作ったこと。アジア音楽と文化を“タムブン”の精神で伝えるメディア”てんぱりてんぷる”やタイ音楽DJのKO MEGさんによる活動を見て「おれもなんかしたい」と思い立ったことがきっかけでした。これが当初思ってたよりも沢山の人に聴いていただけて(ありがとうございます!)嬉しいよりもビックリしました。
※ちなみに大阪は淡路の自転車屋兼サムシングを売る店タラウマラに本ミックスCDを卸しに行った際、偶然店内で居合わせた植田さんを店主土井くんに紹介していただいたのがご縁で今にいたります。
「ミックスは三部作にしよう」と決めてたのですが、それほどタイのレコードを沢山持ってる訳でなく(普通だとなかなか買えない)(筆者はタイに行ったこともない)、キラー曲は根こそぎ最初のミックスに入れたんで「2作目でクオリティが落ちたよね」「まあしゃあない。ジョーもよう頑張ったんちゃう」と言われるのも嫌なので、続編の為に秋以降はオークションを中心にタイのレコードを探しては買いを繰り返してました。特に現地から出品してくれる日本のディーラーの方からよく買ってたのですが、タイから送ってくれるのでうちに届くのに10日弱かかるんです。待つのも楽しいものですが、そうして待ってる間にその人が又良いレコードを出品するんで、待ってる間にまた買って、それの到着を待ってる間にまた・・・みたいなことがずっと続いて先週ようやくひと区切りつきました。これから最終の選盤と曲順を練ってライブ録音に挑みます。上手に繋ぐことができるか、今から不安です。
タイの音楽、ほぼ情報が無い(探せばあるけど)上に、文字も読めない(ひと手間かければ判読できるけど)のでオークションにリンクされた試聴ファイルをじっくり聴いて判断したり、試聴不可能の場合はオークションに添えられた紹介文を必要以上に信用して、イチかバチかに賭けるような買い方をしてます。燃費は悪いけど、「すごい!」と思える曲に出会えた時の、脳汁がドバドバ溢れるような興奮の迸り、驚きと発見は趣味を超え最早や生きがいとなりつつあります。
タイ以外にも盟友の佐藤マタが手ほどきしてくれるインドネシアの音楽や、昨年の盆に度肝を抜かれた朋友・長谷川陽平の回したトルコのサイケロック(陽平氏は大韓ロックのオーソリティでもあります)、そろそろ手をつけたいシンガポール界隈のア・ゴーゴー、映像も込みで観たい知りたい聴きたいボリウッドもの他、アジアの音楽への興味は日増しに膨らむばかり。
心を揺さぶるカッコいい曲に少しでも多く出逢うこと、それを大きい音で回して誰よりも踊り狂うことが今年の目標です。
(キングジョー)
2026/01/04
中村友貴が2025年を振り返る
『2025年は簡単に終わらせてくれない』
旅をしてました。
あちこちに出向く、現実の旅もそうなんだけど、
それがいいことだったのかは、現段階では判断できない。
観に行ったLIVEやDJ、パーティー、企画した展示や音楽の場、
何気ない会話のなかで「もう35歳なんだよね(
“こっちの道”を選んだ時から、いわゆる幸せとは、
そんななか物凄い勢いとスピードで企画・
そう、
こんな感じで内面にばかり深く潜ってクヨクヨばかりしていた今年
憧れの…ってのも変だけど、店をやるにあたって、その思想、
その方はとあるプロジェクトの件で、
「58にもなると(僕の作った「鶏の汁かけ飯」を)美味い、
※ちなみに「鶏の汁かけ飯」
ここまで書いた現在、大晦日の20時36分。
ハーポ部長が2025年を振り返る
『本のコミューン 対抗文化のイヴェント記録と通り過ぎた旅人たちの風』、略して『本風』。
2025年は自分がつくった本の風に乗って、いろんな〈世界〉を旅した一年だった。2026年は午年。「馬を放つ」(by 野本三吉)ことで一体どこに辿り着くのだろう。
1月
『本風』の編集作業に没頭。昨年末で長年運営に関わった下北沢のブックカフェ「気流舎」が閉店。わけあって最終営業日(大晦日)に「気流舎コレクティブ」を脱退。なのでぼくは最後に気流舎を去ったメンバーとなった。タイトルが長くなってしまったが、「通り過ぎた旅人たちの風」という言葉を付けたのも、この12年間の共同運営(店としては17年)で、さまざまな事情で去っていった運営メンバーやお客さんのことを思い出したからだ。その中には死者も含まれている。ワケアリで辞めたのに、閉店後すぐに場の追悼アンソロジーを作るなんて自分でもどうかしてると思いつつ、同時に、なんだか不思議な強い力に動かされているのを感じていた。
2月
正直、編集がわからない。校正がわからない。出版社などで編集者として実務経験を積んだことがない。ZINEのようなものを遊び半分で作っているうちに、なんだか作れるようになってしまった。これも素人監督をサポートするベテランカメラマンのような存在のデザイナーがいてくれたおかげだ。今回、デザインを担当してくれたnuの戸塚さんは商業出版でもひっぱりだこの売れっこデザイナーで、年度内に刊行すべき本のデザインで大忙し。こちらが投げた球がなかなか返って来ないゲラのキャッチボールが続くと、こっちはこっちで待ち時間に変な欲が出てきて、録音していたイヴェント音源をどんどん新しく文字起こししてしまう。気づくと当初の倍以上のボリュームになって、挿入したい図版もどんどん増えていく。戸塚さん、ごめん!
3月
完成を急ぐ理由は、チェンマイ行きの航空券をすでに買ってしまっていたから。その日までに刷り上がって、完成品をチェンマイでの取材でお世話になった方々に渡したい、というあまい素人考えがあった。作戦変更。チェンマイで校正作業をしよう。ほぼあがってきたゲラを印刷し、その紙束と赤ペンを持って、いざアナログ・ノマド。行きの飛行機で信じられないくらい集中できたけど、やっぱタイに着くと怠けちゃうね。せっかくならチルなヒッピーたちがだらっとしてそうなパーイまで足を伸ばそうと、726つものカーブがある山道をミニバンで蛇行してたら猛烈な吐き気が。やばいやばいとスマホの中のオフラインで聴けるコンテンツを探してその音に全集中。去年のぼくの誕生日に気流舎で行われたロバート DE ピーコのライヴ音源でなんとか苦境を乗り切る。『本風』最後の旅エッセイにこの音源のQRコードを載せようと思いつく。やっぱり旅をするとどんどんアイデアが降りてくる。移動は偉大だ。
4月
ついに『本風』完成、1,000部自宅に納品される。部屋がインク臭い本の束で埋まってしまい、この風景が自分が望んでいた「千のコミューン」か、と愕然となる。早速、ページを開いて仕上がり具合をチェック。入稿前に何度も確認した巻末付録のロバート DE ピーコ『ライヴ・アット・気流舎』のQRコードをスマホで読み込んでみる。えっ!エラー? なんと10日後には有料に切り替わる詐欺まがいのサイトにひっかかってしまい、数万円払わないと復活できない事態に。頭真っ白、顔真っ青。千部の本を人質に身代金を要求されている状態。払うのは悔しいし、このままだと欠陥商品になってしまう。このピンチをチャンスに変えるためには、上からステッカーを貼って、もともとこれがやりたかったんですよ感を醸し出すしかない。ボーカルひろしくんの絵の画像をネットから拾ってきて、その上にQRコードを載せて、急遽ステッカー業者に発注。一冊一冊、千冊これから貼っていくのか....
5月
ISBNコードを付けてないし、作った本を自分で売っていかなければならない。幸い前著の『アマゾン始末記』のときに飛び込みで開拓した店舗が全国にあり、再び連絡をしたり、また飛び込みで営業したり。今回は有難いことに全国45店舗に扱ってもらっている。本屋に卸したからって、そのまま自動的に売れるものでもない。大阪、京都、東京各所でイヴェントをいくつも企画し、話題作りを自己演出。しかし、自己宣伝をし続けるのはなかなか辛い、誰か宣伝してくれないかな、と思っていたときにPEOPLE BOOKSTOREさんが好意的に紹介してくれて嬉しい。レゲエの記事を面白がってくれたみたいで、これは源担ぎにGREENROOM FESTIVAL 20th Anniversaryで来日するYG・マーリーを拝みに行った方がいいんじゃないか、入場料めっちゃ高いけど、あわよくばお母さん(ローリン・ヒル)一緒かも、と思い立ち、いざ横浜へ。気づくと最前列で、ボブ爺の「バッファロー・ソルジャー」の曲に乗って客席に降りてきたYGと手が重なる。ジャー・ガイダンスなスキンシップあったけど、お母さんはいなかった。
6月
タイ・バンコクを拠点に活動するレゲエバンド、シーラチャーロッカーズ来日。とにかく最高のライヴパフォーマンスだった。タイのレゲエって勝手にゆる〜いイメージ持ってたけど、完全に覆された。演奏はタイトでソリッドでダビー。そんでもってタイの伝統音楽を融合させた独自のサウンドなわけだから、大ファンになってしまった。「音楽を通して人々の心に変化をもたらしたい」と語るフロントマンWINの人間力も大きい。彼らの来日ツアーの様子がYoutubeにあがっているのでぜひ見て欲しい。日本のレゲエシーンはヒッピーシーンと繋がっている部分があり、彼らが長野の大鹿村 「八角堂」でライヴしているのはその縁だろう。ぼくも一度、正月に八角堂でのレゲエ新年会に参加したことがあるけど、メンバーが「まるで親戚が集ったみたいだった」と感動するのも納得の同じトライブ感。タイで大鹿村みたいな拠点をつくることが彼らの夢らしい。
SRIRAJAH ROCKERS - SHOWCASE IN JAPAN 2025 (Video blog)
https://www.youtube.com/watch?v=3Pk-UGbQ0Cw&t=1122s
ele-king の野田努さんに『本風』を献本したところ、紹介してくれるというので大喜びで「お願いします!」と返事したら、「じゃあ、書いて」とのこと。またまた自己宣伝をすることになってしまった。
対抗文化の本
https://www.ele-king.net/columns/011815/
7月
タイはチェンマイの地に再び降り立つ。今回は『本風』刊行記念イヴェントをやるため。なぜにチェンマイで刊行イヴェントをやるのか(日本語の本なのに)、それはただやりたいから。頭の中に浮かんだアイデアをどんどん現実化するゲームをただ楽しんでいるだけ、なのだ。2度のチェンマイ旅でできた縁を頼りに、旧市街のホステル〈Deejai Backpackers〉のヤード(庭)で「ヴィジョン・オブ・チェンマイ」というギャザリングを開く。共催はCCC(チェンマイ・チル・クラブ)というチェンマイ在住のチルな邦人女子会? 大変お世話になりました。そのときの様子を「チェンマイの磁場」というタイトルで『なnD 12』に寄稿したので、読んでみてください。
『なnD 12』
https://nununununu.net/2025-1209-2134-4691/
8月
Youtubeで札幌の高校生バンド、テレビ大陸音頭を見てハマる。フジロックに出た直後に、寿町フリーコンサートに出演するというので、いざ横浜へ。元気いっぱいの高校生のシャウトとディストーションに、前列に座っていた寿のご老人方が耳をふさいで、顔をしかめるも、孫の活躍を見守るような、あたたかい眼差しも感じる。翌日には豊田にいて、「橋の下大盆踊り」。ノマド映像作家ヴィンセント・ムーンが、自身が記録した世界中のトランス儀式の映像と音をライヴ・リミックスする「ライヴ・シネマ」が急遽ブッキング。友人で『本風』にも旅エッセイ(「風に吹かれて」)を寄稿してくれた平田博満くん(テリー・ライリーの弟子になってしまった!)がいろいろとアテンドをしている模様。ヴィンセントのプレイの前に一緒にティー・セレモニーしたら、なんかいろんなことを思い出す。ぼくがシャーマンの治療歌「イカロ」に強い興味を持ったのは、10年前に吉祥寺バウスシアターでヴィンセント・ムーンのシピボ族シャーマン映像を爆音で体験したからだった!
ハーポ部長『アマゾン始末記』(品切れ、古本で探してください!)
https://ayacari.base.shop/items/81039357
9月
夏らしさを求めて、東京オペラシティで開催された「東京音頭 –TOKYO ONDO–」に行く。BON DANCEのDJ陣は、ALTZ / COMPUMA / IORI / SEI / YAMARCHY / YO.AN。歌手のhouさんが「いきんや節」を歌い、 ベリーダンサーのNOURAHさんがフリースタイル盆踊りを舞う。「未来がただ暗いなんて思わされてないで、笑っておくれよ」という歌詞にグッと来る。セックス・ピストルズのポール・クックの娘で、再結成後のザ・スリッツにも参加していた、UKラヴァーズ・ロック/レゲエ・シンガーのホリー・クックが、なんと家から徒歩5分のライヴハウスでライヴをしに来てくれる。近所に出現したロンドンに興奮。
いきんや節 IKINYA-BUSHI / hou
https://www.youtube.com/watch?v=ltp7YP1v7Hw
Hollie Cook - Superstar / Sugar Water (live at Freedom Sounds Festival 2023)
https://www.youtube.com/watch?v=ZQ4zWCyWn4w
10月
『本風』の最終ページにインタビューを掲載したモリテツヤくんの汽水空港10周年フェス「一斉着陸」に本の出店をするために遠征。鳥取空港までの飛行機代が高いんで、ジェットスターのセールで高松空港まで行き、そこから旅をしながら鳥取の会場まで着く、というビートニクなプランだったが、本が死ぬほど重いってことをすっかり忘れていた。郵送で20kg先に送ったので、手持ちで運ぶのは40kg。高松から始まる同行二人のブック遍路。岡山の友人のアテンドでなぜか修験道のお寺を巡ったり、日本第一熊野神社で「セロトニン御守り」なるものをゲットしたり、寄り道をしながらもようやく会場に辿り着く。着陸直前にスーツケースの車輪が重さで曲がってしまう事故が発生し、無理矢理引きずって何とかゴール。着陸地点からは、本当に素晴らしい時空間が広がっていた。本屋主催のフェスだけに、本がたくさん売れ、帰りは大阪の「マヌケ出版社」の車で新大阪まで送ってもらい、そこから優雅に新幹線で帰宅。
寺尾紗穂 Live in 汽水空港10周年フェス 「一斉着陸」
https://www.youtube.com/watch?v=4nlh34fmc-4
11月
最近毎年行っている「武蔵野はらっぱ祭り」へ。夜は渋谷に行き、ロブ・スミスの来日公演。1980年代末からスミス&マイティとして活動、マッシヴ・アタックのデビューにもかかわり、ピーター・Dとのモア・ロッカーズではジャングルを、そして2000年代後半より、ダブステップへとフォーカスしたソロ名義RSDで活躍するブリストル・サウンドの要のような人物。オールで踊って、そのまま寝ずにまた「武蔵野はらっぱ祭り」2日目に戻る。芸術の秋は歳を忘れて、めっちゃ行動的。後半はダブ尽くしで、川崎の「more!!! DUB DUB DUB」では「SUSHI AUDIO WORKSHOP」 と 「PRESSURE HIGH SOUNDSYSTEM」のサウンド・クラッシュならぬ、サウンド・ジャミング(2つのシステムが共同で音出し)を堪能。そして久しぶりのマイティ・マサ。人生最大の低音を浴び、音圧で何か邪気が祓われたような気になる。渋谷では、現代に蘇ったオープンリールの名機でON.Uサウンドを体感する「OPEN REEL DUB Listening Event」、六本木の「DUB SESSIONS 20th ANNIVERSARY」では、エイドリアン・シャーウッド、マッド・プロフェッサー、デニス・ボヴェルのダブ御三家による三者三様の音の直接レッスン。デニス・ボヴェルは、『本風』の石田昌隆さんの記事でもキー・パーソンとして取り上げられているUKダブ界の超偉人。
12月
1日からインフルエンザを発症し、39.5℃まで熱が上がる。意識が朦朧としているなか、何をとち狂ったか、新シリーズが開始された『ストレンジャー・シングス5』を一気見。悪夢がずっと目の前で繰り広げられていて、アヤワスカで一番しんどい時を思い出した。治ってもしばらく虚無状態。とりあえずネットフリックスを解約しようと思い立ち、その前に観ておきたいコンテンツはチェックしておこう、と今でもまだ『ラヴ上等』など、どうでもいいコンテンツをだらだら観続けているありさま。去年の今頃は、『本風』の編集に没頭し、創作意欲に満ち満ちていたのに、今年はこのていたらくぶりだ。冬至の日に思いたって、創作活動開始。今年刊行された神本秀爾『ラスタファーライ入門: ジャマイカと日本で人類学しながら考えたこと』を読んで、入門だけじゃ物足りなくなり、自分で上級者向けのラスタ本の翻訳を始めた。Horace Campbell『Rasta And Resistance: From Marcus Garvey to Walter Rodney』。英語の勉強を兼ねての試作だけど、私家版にするだけでは勿体ないんで、翻訳権のこととかよくわからないけど、来年はこれを何らかの形にしたい。30日に、アーバン・ラスタ・スタディーズの仲間と「TOKYO DUB ATTACK 2025」で一年の邪気をダブ祓い。帰ってきて寝て起きて、大晦日、今これを書いている。
『本のコミューン 対抗文化のイヴェント記録と通り過ぎた旅人たちの風』
企画・編著 ハーポ部長
デザイン 戸塚泰雄(nu)
発行所 文借社
2025年4月20日発行
四六判334ページ
定価 2,000円(税別
詳細
https://ayacari.base.shop/items/104200844
真木悠介『気流の鳴る音』とのセット販売
https://ayacari.base.shop/items/129897236
さいとうよしみが2025年を振り返る
『10年後』
2025年を振り返ると、
引っ越すまでの約10年間、経堂に住んだ。
私が住んだのは経堂駅から少し歩いたところにある小さなアパート
そういうものを全て置いて、
引っ越し業者がやってきて、
10年前の自分に、
引っ越しという儀式により、
Tact Sato が2025年を振り返る
こんにちは、イラストレーターのTact Satoです。
側から見れば、懐古厨(お懐古さんと呼びたい)による、
1.最初は、去年のノイズコーナー漁りの流れから、
2.アーリーエレクトロニカリバイバル熱高まる。
3.ブレラン以後の都市デザイン。
4.歴史本。今年のはじめに、
5.キングオブキングファミリー。10月から軽妙通信という、
長くなりましたが、そんなこんなで、今年もみなさんの助言、
2026/01/03
植田彩乃が2025年を振り返る
PEOPLE BOOKSTOREに通う大学院生の植田彩乃です。
3月に大学院を卒業するということもあって
「決断」や「居場所」について考えたり話したりすることの多い年でした。
けれど、流れに身を任せて予想もしなかった所に行くことも同じように多かったです。
思い出すのは夏に訪れたギリシャでのこと。
アテネ近郊を調査し、作品を作る短期留学に参加していました。
貧困、シャッター街、グラフィティ、ドラッグ、想像していたよりも多くのものがアテネでは混ざり合っていました。
夏のギリシャは日没が遅く、授業は22時ごろまで続き、遅いときはホステルに着くのが24時を過ぎていました。
ホステルの同室で台湾からやってきた映画監督を目指す子と友達になりました。
彼女の名前はルーシー。
台湾ではイングリッシュネームというものを台湾語の名前とは別に両親から貰うそうで、あだ名としても使うらしいです。
この留学は面倒見が良いわけではないのでどこなのかもわからないギリシャの田舎へ放り込まれます。日本よりはるかに強い日差しの中、ルーシーとペットボトルの水や食べ物を分け合って歩きました。
ルーシーとは英語で話しますがお互い母国語ではないので簡単な言葉しか話せないし疲れている時は会話がなくなります。でも不思議と仲が良くなりました。
そしてギリシャでAlekos Fassianosという画家にも出会います。書店で彼が手がけた装丁に一目惚れし、美術館があるというので翌日さっそく行くことにしました。
そこは要塞のような建物で、扉を探していると通りがかったカップルが「行きたい場所は多分ここから入れるよ」と入り口を教えてくれました。
中には叫びたくなるほど好きな作品ばかり。
教会で育ったせいか彼の絵は神話的、だけど親しみを感じます。
思った通り魅力的な人物でした。
ファシアノスは2022年に亡くなっています。
帰国後の9月、
ルーシーへ会いに台湾へ行くことにしました。
訪れた日がたまたま中秋の名月で台湾ではみんながBBQをして祝っていました。
ルーシーの同級生たちとその家族の集まりに呼んでもらい、色々な人からパイナップルケーキや栗のケーキ、柑橘系のフルーツをもらいました。月に似ているからだったかな。
そして真夜中にエビ釣りに連れて行ってもらいました(台湾ではメジャーらしい)。
熟練の釣り人たちがコツを教えてくれるけど全くわからない。
とにかく一息で引け!と言われました。
そんな風に過ごしているとき、「自分の決断だけで行動することの何とつまらないことか」と思い始めました。
みんな自分で決めろとかいうけど、本当は自分で決めたことだけじゃないはず。
そう思うのはまだ未熟だからでしょうか。
覚悟を決めるのが向いてないなら
混沌の中に身を投じてみるのもいいと思いたい
投じた先に何があるのかわからないけれど
2026年も楽しみながら流れに身を任せていきたいなと思いました。
土井政司が2025年を振り返る
natunatunaが2025年を振り返る
河野泰然が2025年を振り返る
2025年で(=小学4年生の3学期から5年生の2学期まで)、
(写真は、春に父ちゃんと行き当たりばったりの旅に出たさい、
柴田ヨクサル『東島丹三郎は仮面ライダーになりたい』1巻(
仮面ライダーになりたいまま、
そやまかずとし『めちゃかわ♡でんぢゃらすじーさん』(「
完全にちいかわのパクリだったんですがすごくおもしろくて、
ナガノ『ちいかわ なんかちいさくてかわいいやつ』(講談社)
一回読むとわらってなけてどこかカオスなちいかわワールドにのめ
吉田戦車『ぷりぷり県』
主人公・
……10冊は選ぶつもりでしたが、
印象に残った作品としては、『写らナインです』『コジコジ』『
今年もよい作品に出会いたいです!
2026/01/02
Kossi Caldwellが2025年を振り返る
散々な元旦を経て、だんだんなんか転々とよくなっちゃった2025年。
helloやっほーこんにちは!Kossi Caldwell、または、こしのです。2025年12月5日、金曜日、午後6時前。ちょうど20分前にPEOPLEの植田さんから「2025年(前年)を振り返る」記事へのお誘いを頂きこちらの文字を打ち込んでいるところです。本当なら今夜はmy相棒のあやのちゃんと酒を飲みに行く予定でしたが、あやのちゃんの仕事が急に立て込んでしまいその予定は繰り下げとなりました。まさに師走を感じさせてくれるぜ。がんばれあやのちゃん!わたしもがんばる!
なんてテキストをiPhoneのメモ帳に残したまま、瞬く間に時は過ぎ、迫り来る2026年。本日は大晦日。植田さんはこの振り返り記事のお誘いをくれた際、「31日までに提出してくれれば良いよ」と言ってくれておりましたが、通常おとなの皆様はこういうの大体28日とか29日くらいには出してるモンなんじゃないでしょうか?わたしは何をしていましたか?遊んで暮らしておりましたね。その間にも二度、植田さんに会っています。植田さんも遊んでました。みんな遊んでた。みんな遊んでるの見たよ。じゃあ、いっか!いいね!それではみなさま参りましょう!Kossi Caldwellの2025 Time Slippy!!
──わたしの2025年は、三角コーナーに長らく放置された生ゴミみたいな気分でノソノソと始まるのでした。
いつも必ず晴天の元旦。太陽はいたく明るくて、乾燥した冷たい空気が頬を赤くする。お気に入りのマフラーをしっかり巻いて、みんなで初詣に出かけましょう。
始まったばかりの2025年、わたしにはこんなシーンに巻き込まれる兆しは全く無く、6畳間でひとり辞めたハズの紙巻きタバコに火をつけて、薄茶けたカーテンの隙間から差し込む日差しから申し訳程度の「元旦」を感じていました。
ヤニを吸い込んだあらゆる家具がわたしの全てを模しているようで気が滅入る。わたしはタバコ臭い部屋が嫌い。臭いから。なのにタバコを吸う。何本も何本も何本も。もちろん居心地は悪くなる。臭いから。タバコを吸う。そうしていないと呼吸すらままならないのではとまで考える。
──うわあ!暗い!怖!やば!2025年の最初の方は、訳あってとんでもなく傷ついておりました。ションボリングベイ。なんだあれ!あの感じ。ひとが一度に感じられる失望や落胆のマックスをちょっと超えてた気がする!むかつく!なんだテメー!!(※知らない感情にはじめて触れた時に怒っちゃうのってすごくバカっぽくていいよね♡)
なんて、絶望的な出だしを書き連ねたもののそれらは現在すでに遠く朧げな過去となり、もう殆ど覚えていません。
それよりもその真っ只中から今まで、そばで支えていてくれた大好きなともだちみんなの事ばかり覚えています。わたしの頭の記憶に関する容量は40KB程度でしょう。ファミコンの初代スーパーマリオブラザーズのデータ容量と同じくらいです。ツマんない事はガンガン捨てないとストレージを確保できません。この都合のいい頭には、ともだちが作ってくれた最高に素敵な思い出ばかり、それだけが保存されています。
2025年の夏、引っ越して新しい場所での生活をスタートすることができました。
引越しの決め手となったのは悪友SPRAとおしゃべりしていたとき流れで出た「こっち引っ越してきちゃえば〜?」という提案でした。
それもそうですわ。わたしはOctBaSSやGOOD NEAR RECORDSにばかり遊びに行くし、そっちの方に引っ越したらどこに出かけるのだってもっと簡単になりますわ。素敵ですこと。引っ越します。引っ越しました。そして引っ越してまもなく、その悪友SPRAとの悪ふざけトラッシュトークから「こしのBillboard」を開催するに至ったのですが、これにはあまりに思い出があり過ぎますので割愛させていただきます。(めっっちゃくちゃたのしかったね!!なんか、たくとくん(tactsato)泣いてたらしいよ!へんなの!あはは!)
そばにいてくれるともだちみんなのおかげで、絶望に触れたあの日々は完全に終わり、失意のあまり失った8kgの体重もすくすく取り戻しつつあります。こしのか the よく食べてよく遊びすごく寝る。
2025年を振り返って、今一番思う事をぎゅっとすると、全てにおいて「おかげさま」です。
常々、だれかのおかげでわたしがあります。ありがとう。みんなみんな、大好き!
金井タオルが2025年を振り返る
振り返ってみれば、今年はたくさん人前で喋った年でした。
ピープルでは、わたしのつくる雑誌の即売会をやらせてもらい、
気づいたことは、もうひとつ。考えあぐねたことは、
前述のイベント以外にも、はじめてラジオ番組で喋ったり、
●読んでくださった方へ
わたしが編集した植田さんの読書日記を〈PEOPLE BOOKSTORE〉と〈平凡〉で絶賛発売中です。ぜひ、
●植田さんへ
サーフィンのことは、別の機会に書くか喋るかします。
それでは、また。













