2026/06/22
6/22 店日誌
2026/06/21
6/21 店日誌
6月21日、日曜日。先週末の「NRQ祭り」を主催した猿田なつ奈さんは「natunatuna」名義でイラストレーター/画家として活動していて、夏前に京都市左京区の〈gorey cafe〉で個展をするのが毎年恒例になっている。今年は6月23日(火)〜7月12日(日)の会期で、その間にライブがなんと6本(7公演)! すべてにライブペインティングで参加……って、かなりすごい! 演奏家は全10組。それぞれ色が異なるわけで、音に絵を乗せるのも簡単じゃないだろうし、相当なエネルギーを使うはず。一体なぜ? そこまでやるの? って聞くのは野暮だけど、そのうちにじっくり話してみたいなーと思ってる。
お隣のカフェでは、さとうさかな個展「Slow Dry」が開催中。ぱっと見て「いい」とか「すてき」とか言葉にできる作品じゃないから面白い。じっと観察したり、暮らしの場に置いてみたり、長い時間をかけて付き合ってこそ感知できる要素があるのかな。
今日も通常営業! オンライン・ストア〈平凡〉もよろしくどうぞ。
2026/06/20
6/20 店日誌
6月20日、土曜日。小林信彦『袋小路の休日』所収の短篇「隅の老人」を再読。話の中心に置かれるのは、狩野道平───大正末期〜昭和初期の伝説の編集者、真野律太をモデルに造型された人物であり、世の中と完全にズレてしまった老人として描かれる。狩野いわく「読者なんてものは保守的だから、食いつかせるのに時間がかかる」「都会趣味ということよ。……『新青年』のカラーを創ったのは二代目編集長のヨコセイってことになってるが、私に言わせりゃ、助手の渡辺温の力が大きかった」。
小林信彦が江戸川乱歩の誘いに乗り宝石社に入社、『ヒッチコック・マガジン』編集長に就任したのは1959年。26歳のとき。その経験を基にして小説化された「隅の老人」では主人公・上村宏の感慨として、著者自身の雑誌観の肝が語られる。「雑誌が生き物だということ(…)それは、編集の中心になる人間の生理の反映であった。その人間が少しでも疲れれば、誌面に疲れがあらわれる。まして、時代からズレてしまえば、誌面は現代の読者とは関係がなくなってしまう」。
この一冊におさめられた人も、モノも、街も、一九六〇年代半ば以降、われわれの生活から失われた、あるいは無用とみなされるようになったなにか───といってよいように思う。書物もまた、同じことである。(小林信彦)
いまも雑誌が編まれ続けるのはなぜなのか。情報を得るだけならスマートフォン、SNS、サブスクリプションがあれば充分なのに。自分はなにを期待して、今も雑誌を手に取っているのか、改めて考えてみる必要がある(ポパイに不平を言ってる場合じゃないのだ)。
2026/06/19
6/19 店日誌
なにせ、いろんな人間が自由に編集部に出入りできていた時代は、何かこう猥雑なエネルギーが編集部に満ちていたからだ。/そんな雑多な空気は、記事作りにおいて有利に働くこともある。企画のアイデアをひねり出す時も、名前も知らない業界筋の人が打ち合わせに突如乱入し、なかなか鋭い意見を述べ、風のように去って行くこともしばしば。(佐々木徹)
6月19日、金曜日。いや〜これはめっけもん! 先週末に買い取った、佐々木徹『週刊プレイボーイのプロレス』は有名レスラーの内にある葛藤、誇り高き哲学を知らしめるプロレス本にして、1980年代後半〜2000年代初頭の編集者の在り方、仕事術を伝える重要資料でもある。読みながらビビッときて付箋を貼ったのは上記箇所に加えて「読者に伝えられるのは、よくてたったひとつ。そのひとつを伝えるためだけに全力を尽くしなさい」っていうところ。
ポパイが50周年、気合いの入った号をつくったらしいと聞いて書店に赴き、立ち読みするも「う〜ん、これじゃ買えねえ!」とガックリくる。かつての名記事、先人への敬意は伝わる。書影が並ぶページはワクワクもする。だけど、背中を押すだけのパワーがないのは何故だろう。編集者個人の自発性の欠如か? 広告主への配慮なのか? 各方面への目配せが上手いだけじゃ、読者は掴めないと思うのだ。
そのあとで届いた『Sb』46号に興奮させられたのは、誌面全体に関わる人(編集長/編集者/ライター)それぞれの好奇心が反映されていたから。有名か無名か、ルーキーかベテランか、売れているか否か。そんな線引きとは異なる熱源で各コーナーが作られているから、読み手も自然と引き込まれる。安全策だけじゃないからドキドキする。
2026/06/18
6/18 店日誌
6月18日、木曜日。6大会連続出場のメッシがハットトリック、かたやクリスティアーノ・ロナウドは空振。後者には少なからず批判もあるらしい。はてさて、日本代表の長友佑都は5回目の出場で役割はチームを元気づけること。さらに吉田麻也にも同じような役割を期待されていて、南野拓実はメンターとしてチームに帯同。ニュースに耳を傾けながら、どうも腑に落ちないのは、今時の選手ってそんなに支えが必要なの? と思うから。若い選手でもたくましく見えるし、試合ぶりも堂々としていたと思うんだけどなァ。
なんだかんだ言っても試合があれば気になるわけで、ワールドカップやサッカー選手を揶揄するつもりは全くない。だけど、日本代表をとりまく雰囲気になんとなく馴染めないのは、安易な物語化が行われてると感じるからか(グループリーグでそんなに感動しないでしょ……)。
朝から雨、本格的な梅雨模様。今日もいつも通りに開けてます。