2026/01/02

Kossi Caldwellが2025年を振り返る

  散々な元旦を経て、だんだんなんか転々とよくなっちゃった2025年。

  helloやっほーこんにちは!Kossi Caldwell、または、こしのです。2025年12月5日、金曜日、午後6時前。ちょうど20分前にPEOPLEの植田さんから「2025年(前年)を振り返る」記事へのお誘いを頂きこちらの文字を打ち込んでいるところです。本当なら今夜はmy相棒のあやのちゃんと酒を飲みに行く予定でしたが、あやのちゃんの仕事が急に立て込んでしまいその予定は繰り下げとなりました。まさに師走を感じさせてくれるぜ。がんばれあやのちゃん!わたしもがんばる!

  なんてテキストをiPhoneのメモ帳に残したまま、瞬く間に時は過ぎ、迫り来る2026年。本日は大晦日。植田さんはこの振り返り記事のお誘いをくれた際、「31日までに提出してくれれば良いよ」と言ってくれておりましたが、通常おとなの皆様はこういうの大体28日とか29日くらいには出してるモンなんじゃないでしょうか?わたしは何をしていましたか?遊んで暮らしておりましたね。その間にも二度、植田さんに会っています。植田さんも遊んでました。みんな遊んでた。みんな遊んでるの見たよ。じゃあ、いっか!いいね!それではみなさま参りましょう!Kossi Caldwellの2025 Time Slippy!!

  ──わたしの2025年は、三角コーナーに長らく放置された生ゴミみたいな気分でノソノソと始まるのでした。

  いつも必ず晴天の元旦。太陽はいたく明るくて、乾燥した冷たい空気が頬を赤くする。お気に入りのマフラーをしっかり巻いて、みんなで初詣に出かけましょう。

  始まったばかりの2025年、わたしにはこんなシーンに巻き込まれる兆しは全く無く、6畳間でひとり辞めたハズの紙巻きタバコに火をつけて、薄茶けたカーテンの隙間から差し込む日差しから申し訳程度の「元旦」を感じていました。

  ヤニを吸い込んだあらゆる家具がわたしの全てを模しているようで気が滅入る。わたしはタバコ臭い部屋が嫌い。臭いから。なのにタバコを吸う。何本も何本も何本も。もちろん居心地は悪くなる。臭いから。タバコを吸う。そうしていないと呼吸すらままならないのではとまで考える。

  ──うわあ!暗い!怖!やば!2025年の最初の方は、訳あってとんでもなく傷ついておりました。ションボリングベイ。なんだあれ!あの感じ。ひとが一度に感じられる失望や落胆のマックスをちょっと超えてた気がする!むかつく!なんだテメー!!(※知らない感情にはじめて触れた時に怒っちゃうのってすごくバカっぽくていいよね♡)

  なんて、絶望的な出だしを書き連ねたもののそれらは現在すでに遠く朧げな過去となり、もう殆ど覚えていません。

  それよりもその真っ只中から今まで、そばで支えていてくれた大好きなともだちみんなの事ばかり覚えています。わたしの頭の記憶に関する容量は40KB程度でしょう。ファミコンの初代スーパーマリオブラザーズのデータ容量と同じくらいです。ツマんない事はガンガン捨てないとストレージを確保できません。この都合のいい頭には、ともだちが作ってくれた最高に素敵な思い出ばかり、それだけが保存されています。 

2025年の夏、引っ越して新しい場所での生活をスタートすることができました。

  引越しの決め手となったのは悪友SPRAとおしゃべりしていたとき流れで出た「こっち引っ越してきちゃえば〜?」という提案でした。

  それもそうですわ。わたしはOctBaSSやGOOD NEAR RECORDSにばかり遊びに行くし、そっちの方に引っ越したらどこに出かけるのだってもっと簡単になりますわ。素敵ですこと。引っ越します。引っ越しました。そして引っ越してまもなく、その悪友SPRAとの悪ふざけトラッシュトークから「こしのBillboard」を開催するに至ったのですが、これにはあまりに思い出があり過ぎますので割愛させていただきます。(めっっちゃくちゃたのしかったね!!なんか、たくとくん(tactsato)泣いてたらしいよ!へんなの!あはは!)

 そばにいてくれるともだちみんなのおかげで、絶望に触れたあの日々は完全に終わり、失意のあまり失った8kgの体重もすくすく取り戻しつつあります。こしのか the よく食べてよく遊びすごく寝る。

  2025年を振り返って、今一番思う事をぎゅっとすると、全てにおいて「おかげさま」です。

  常々、だれかのおかげでわたしがあります。ありがとう。みんなみんな、大好き!

金井タオルが2025年を振り返る


振り返ってみれば、今年はたくさん人前で喋った年でした。


ピープルでは、わたしのつくる雑誌の即売会をやらせてもらい、やはりピープルまわりの愉快な仲間たちが開催するイベントにも呼んでもらいました。そのほか、様々なイベントで商品について喋りまくりました。当たり前なんですが、ちゃんと説明すると売れるんですね。

この「当たり前」を端からやらないというひねくれた姿勢で生きてきたのですが、多くの人が当たり前とすることにはちゃんと意味があった。と、あまりにも当たり前のことを、あらためて新発見のように書いてみても、当たり前ですがさしたる意味は生まれない。という、無意味な堂々巡りを書いたり喋ったりするのが大好きです。

気づいたことは、もうひとつ。考えあぐねたことは、書くよりも喋ったほうがはやかった。

前述のイベント以外にも、はじめてラジオ番組で喋ったり、書店のトークイベントに登壇したり。自分のポッドキャストも2ヶ月に1回くらいのペースで更新していたし、そうか、たくさん喋ったなァ、ということをポッドキャストであらためて喋ったり。来年も無益なことを書いたり喋ったりして、そうしてまた年の瀬を迎えられたら最高です。

●読んでくださった方へ
わたしが編集した植田さんの読書日記を〈PEOPLE BOOKSTORE〉と〈平凡〉で絶賛発売中です。ぜひ、年末年始のおともに買ってください。

●植田さんへ
サーフィンのことは、別の機会に書くか喋るかします。

それでは、また。

牧田幸恵が2025年を振り返る


「私の人生が映画よりつまらないなんてあり得ない」。これは20代からの人生のテーマだ。現在46歳。人生の半ばまで来ると、映画みたいなことが起こりすぎて「もう映画は結構です」という気持ちもなきにしもあらず。

 2025年は、映画というよりも「これが人生」と思うことばかりで「私の人生が映画よりつまらないなんてあり得ない」という言葉以上の1年だった。伝えたいことは山ほどあるのだが、今回はある人との出会いについて書きたいと思う。

 私は昔から生きる上で力のさじ加減というものがわからず、いまだに中間がない。つまり適度にこなすことができず0か100しか選択肢がないのだ。0か100の私は少しでも気が緩むと即0になり、自身の足で立つことを諦め人や酒に依存してしまう。0になりそうな時、私は身近にいるスパルタな人たちの言葉を思い出す。そして何かに寄りかかりそうになる身体を少しずつ起こして0を回避するのだ。 

 今年、私の中に新たなスパルタな人ができた。その人物はnatunatunaさんだ。natunatunaさんは同い年(学年が一緒)。数回しか会って話をしたことはないし、誕生日も知らないし、作品や活動についてもほんの一握りしか知らない。唯一知っていることは、PEOPLE BOOKSTOREの隣のカフェで頼むものがツナサンドだということと、車の運転席のシートが直角であることぐらいだ。それでも、ずっと前から知っているような不思議な錯覚に陥ることがある。

 厚かましいことは承知だが、私とnatunatunaさんはどこか似ている。たぶん、natunatunaさんにも中間がなく適度にこなすことが苦手なのではないかと思っている。しかし、私のそれとは大きく異なりnatunatunaさんは100をキープすることが基本で、100を超えるために日々を生きているように見える。私の場合は0にならないために100をキープしているだけで、それ以上を目指すことはそうない。「無理しないで」「頑張りすぎだよ」「そこまで必死にならなくていいよ」……、きっとそんな言葉を幾度となく他人から声をかけられただろう。natunatunaさんはそれらの言葉をどう受け止めているのかわからないが、私は〈ネガティブ応援ソング〉と呼んでいる。歌じゃないけれど。ファッションで言う〈抜け感〉とか〈こなれ感〉みたいな生き方がかっこいいと思っている人たちより、必死で泥臭く生きているほうが何倍もかっこいいし、私もそっち側だ。


 「俺は先行きますよ」(人に依存しそうな0になりかけの私へ)

 「もっとはいずるべき」(タラウマラ土井さんの言葉)

 「最高のライブを見せますよ」(てあしくちびるのライブ前)


 これらは、今年胸に刺さったスパルタな人たちの言葉だ。2026年は、もっとはいずってあなたを追い越して最高の1年にしたい。


 「50歳までがんばる」


 どこかで見かけたnatunatunaさんの言葉。

 うん、私もがんばる。0にならないために。


写真キャプション:2025年12月、私が編集する雑誌GO ONが5周年を迎えました。これからもよろしくお願いします!

野崎雅彦が2025年を振り返る

PEOPLE BOOKSTOREファンのみなさん、はじめまして。

東京は代々木上原の古本屋ロスパペロテスの野崎と申します。

2025年を振り返ってみると、ハードコアパンク生まれヒップホップ育ちから一転、今年も去年から突如ハマったK-POPアイドル全般一色の1年だった。

幾度となく推しのコンサートに馳せ参じ、店ではお客さんがいない隙に音源を爆音で繰り返し聴きそして踊り、自宅でもYouTubeやTikTokやリール動画を延々と観続ける、K-POP文化の無限のようにあるコンテンツに時間の大半を費やす毎日であった。

以上です。


と振り返るとあっという間に終わってしまうので、古本屋らしく仕事で今年印象的だった出来事をひとつ。

特に深く考えることなく古本屋を続けて、気づけば22年になる。

オープン以来店に通ってくれている同年代の本好きの常連さんが、様々な事情が重なって東京と実家の2拠点生活を送ることになり、東京での暮らしを小さくするためその膨大な本を買い取った。

美術、デザイン、建築、民芸、食、生活、韓国、フェミニズム、映画、音楽、演劇、サブカルチャー、絵本、文芸、ノンフィクションなど、本で興味あるすべての事象を把握するかのようにジャンルは多岐に渡り、店に並べたい本ばかりだった。

そのお客さんからは今までも何回か買取はしてきたけれど、今回は約50年間(厳密に言うと青年期から約30年間)買ってきた本のほぼすべてで、ダンボール数十箱分である。

言わば少し早めの終活である。

ひとりの人間が長年買い集めてきた本を買い取ることは、その人の人生と向き合うことでもある。同年代の人生に向き合うことは、自分の人生とも照らし合わせることになる。

同年代のお客さんの本の終活に関わって改めて意識したのは、物事に永遠なんてなく、始まりがあれば終わりもある。

いつか終わりがやってくる。

自分の店だってその例外ではないのだと。

古本屋を続けてきて初めて、店のしまい方について具体的に考えさせられる年となった。


一般的にアイドルは寿命が短く儚いものだから、推しは推せるうちにと言われている。

K-POPアイドルを推していると、あのころの過去やいつかの未来でなく、終わりがくることを前提に今現在輝いている姿こそが尊いと強く感じる。

アイドルほど短くないにせよ、店の寿命も実はそう長くはない。

推しは推せるうちに、店は通えるうちに。

ロスパペロテスも、PEOPLE BOOKSTOREも、あるいはあなたの街にある行きつけの店も、2026年もどうかよろしくお願いいたします。

1/2 雑記

朝、いつも通りの時間に起きる。本を読み、インスタグラムのチェックなどしながら夜明けを待つ。6時半くらいに明るくなりはじめ、ラジオをつけて、コーヒーを淹れる。スイスで火災。日本は夕方頃から雨か雪。関東地方の平野でも積もるかも。今日が正月渋滞のピークになるらしく、いろいろ大変だろうなあ〜と心配するが、無力である。下平尾直『版元番外地』を読み終える。

高田漣・井上園子「弦とことばの交差点」のトーンがちょうどいい。2人の会話と演奏が、落ち着いていて、すーっと耳に入ってくる。テネシーワルツのセッションがとてもよかった。ずーっと聴ける気がした。

2026/01/01

森本友が2025年を振り返る

 朝、青い天井、尾道。いい葱があったから、お豆腐と一緒にお味噌汁だなあ‥‥と思いながら2階に降りてお湯を沸かした。キッチンが暖まり始めた頃にお客さんが起きてきて、わたしは朝ごはんを出した。コーヒーも渡して500円を受け取ってから、客室のシーツを剥がして掃除機をかけ、便所掃除、お風呂掃除をしながら朝風呂をした。北国よりずっと明るい春がそこまで来ていた。迷路みたいな新開路地を抜け、港に出入りする船を見るともなく眺めた。2週間後、尾道を出ることにした。

 朝、シミだらけの天井、シミだらけの腕が天の川のよう。手持ち無沙汰な生活には慣れていると思っていたけれど、どんどんだめになっていった。植木鉢の外に落ちていたサボテンの頭を拾って、猫に伝えた。

 朝、白い天井。朝陽の暖かさをほっぺで感じる。わたしの顔は日に日に日焼けしているのかしら、このサボテンは生きているのかしら。外の風は草の甘い匂いがして、近くでつかまえたカエルが指の先で座り直した。

 朝、白い天井。ついさっきまで、どこかにいたような感じがすると思った。まだ胸がどきどきしていて、ぼうっとしていたら、夢の内容を思い出した。悲しい夢は本当のことよりも息が長いと思う。振り返って残っているものはしみじみとあまく、戻っていくわけでも止まったわけでもなく、永遠になったふるさとなんだろう。あたらしいふるさと。

北林研二が2025年を振り返る


師走のある日。描けない現実から逃避して、自転車で善福寺池まで行ってみた。描けないのは、細馬宏通さんの「東京なでなで記」の挿し絵で、描き方がわからなくなった。もともと「描けた」わけじゃないけどね。ありがたくもこうしてときどき、絵を描かせてもらったりするのだ。今年の注文は3件。イラストレーターとしては帰らぬ人となりそうだ。あはは、いい気味。 

「自分がすごくバカでダサくて無力な、社会のクズみたいな気分で、謙虚な気分で書くことにしてる」と言った人がいました。忘れてはならない言葉です。なのに、すべてあてはまる私がぬけぬけと忘れて、描けない描けないとわめく。こうも言っていた。「歌詞はサラッと書いてあんまり見直したりしない」これがむずかしい。ねればねるほど最初に思いついたアイデアのインスピレーションが消えて、カタチだけになっちゃうと細野さんがおっしゃって、それに大竹さんがこたえて曰く、いいえ、ここはYouTubeを見ます。その通りに書きとります。「自分がいいと思う箇所を見つけると、そこを残そうとするじゃないですか。その残そうと思ったとたんに、だめな方向に行くんですよね」と。
「そうやって誰にも見つからないような歌詞を書くのが好き。もうどうだっていいようなこと、紙クズみたいなもん」と、それは確かにそうでした。いつもあとから見たら、送らなかった絵、紙クズになった絵のほうがよかったということになる。「いかなるテープも捨てるべからず」という社則にしたがって「ハー・マジェスティ」は命拾いをしました。危ういところだった。細馬さんが下車した谷底のバス停を見つけて、自転車を止めました。 

「バス停の近くに掘立小屋のような定食屋があり、私たちはそこでラーメンを食べた。高齢のおばあちゃんが震える手で運んでくれる昔ながらの味、ワンコイン。焼豚の代わりにハムが入っていて、息子たちは大喜び。」
 これはDJ PATSATの日記『平凡な生活』。この日記のこういう側面もいいんだな。ラーメンに浮かんだハムがじわじわ効いてくる。スマホを家に忘れた日も、『平凡な生活』は鞄に入っていた。ハムを探してページを繰ると、同じ日の記述のすぐあとはこうくる。

「自身の内側から湧き上がってくるものや、降って湧くものよりも、努力して掴めるものを簡単に盲信してしまう。」

これにはハッとした。この先がすごいんだけど、やっぱり、買って読んでください。この本には励まされた。読むべきだ。
池に沿って歩いてみる。細馬さんに寄ってきた鴨が、私が近づくと背を向けて逃げていった。ここで二年まえ、京都に転居する友だちとお花見をした。自転車で来た道を戻る。井草八幡宮の大鳥居から青梅街道に出た細馬さんは、ふたたびバスにのる。本屋Titleでバロン吉元の原画展を見るためだ。私も自転車を止めて、二階の展示室に上がった。
ご息女のエ☆ミリー吉元さんの文章が壁に貼ってあった。Titleができるまえここは鶏肉やの店舗住居だったとある。この展示室の窓から見える道が、小学生のころの通学路で、下校時はもうもうと立ち上る煙の中をくぐって帰った。「学校でうまくいかないことがあった日も」と、そんなふうに書いてあった。うまくやってるのかやってないのか、小学生が家にもいて、なんだか娘とうまくいかなくなってきた親父もいて、朝からあれこれわめき、やり込められ、大声をだして、自己嫌悪で一日へこむ。これから先はどうなるのか。Titleの棚からあれこれ抜き取って、『それがやさしさじゃ困る』という本を買って店を出ました。下校中の高校生が歩いて行く。立ち読みした一節が頭でがーんと鳴っている。これがニ冊めの、今年読んだすごい本になるのです。 

・DJ PATSATの日記「平凡な生活」(2025)
・鳥羽和久「それがやさしさじゃ困る」(2025)

いつも遅れすぎた読者なので 、2025年じゃないのも交じるけどいくつか…

・Clara Burston 「Try That Man O' Mine」(1930) 
この録音が誰かに見つかるまえにはやく作らなくてはと思った。で久しぶりにMix CDを作った。

・佐治晴夫「『敵機爆音集』とベートーヴェン」(2022)
ラジオで高橋源一郎が読んでいるのを聴いて、ぞくっときました。こんなにたのしそうなレコードの聴き方はないとも思った。「映像の世紀」で見たソ連の肋骨レコードもだけど、音楽への向きあい方を考え直される。アナログ再発とか、オリジナル盤とか、音が良いとか、どうでもいいや。
「やがて、鉄製の門扉、蚊帳の吊り手、父の懐中時計のカバーに至るまで金物は軍需品として国に接収され、鉄製レコード針が消滅します。そこで、竹を細く削った竹針が登場するのですが、その竹も日本本土上陸決戦に備えての竹槍の材料になってしまいます。尖らせた竹の先端を火で炙って強化して槍にするのです。そこで思いついたのが、絵ハガキの角を歯でくわえ、もう一方の角をレコードの溝に触れさせて骨伝導で伝わってくるかすかな音を想像力で補いながら聴く方法でした。」
このレコードがパデレフスキーと知れば、この文章の味わいは深さを増します。今はまた戦前。 

・正一「むかし、むかし」中目黒dessin(2025、4月)
この展覧会をもう一度見たいと、なん年も先も思うだろうなぁ。

・平木元「AS NEEDED」東松原botany (2025、8-9月) 
むかし平木さんと二人展をやらせてもらったなんて嘘ですね。平面も、立体も、器も、あらゆる技法も、そこにはないのにあるように見えるものだ。畏れをもって見させてもらってます。見に行くまえに駅前の古本屋でいろいろ買って、帰りもまた買った。いい古本屋見つけた。

・Emily Dickinson 「Envelope Poems」(2016)
アムレテロンで見た山本アマネさんの展示のテーマになっていたディキンスンの詩集(画集?)を手に入れて、訳しながら読んでみた。「ふるえる太陽/は人間の本性の西/になんとやさしく/沈んでいくことか」Googleレンズの誤訳かな、それでもいい。

・閒村俊一「徳兵衛はん」(2025) 
春日傘田中小實昌譯素肌。ポケミス、と詞書が付いている。日曜美術館で見た宇野亜喜良の仕事机に、閒村さんの「鶴の鬱」が映った。

・鶴崎いづみ「私のアルバイト放浪記」(2023)
ほとんど消えかかっている線がくせもので、だまされないで。この本はハードコアです。すごいから読んでみたらと妻にすすめたが、食卓の端に追いやられたまま、読まれた形跡なし。がっくし。妻も忙しい。

以上。

河野友花が2025年を振り返る


2025年は、小学校のPTA役員を務めたこともあり、多忙かつ試練多めの一年。PTA活動は、ずいぶん遅れて回ってきた通過儀礼なのか。驚いたり悩んだり、違和感、徒労感とか。でもそれも結局のところ、突き詰めれば自分自身のもんだい。このままどんどん自分のあれこれを切り捨てていって、私の中の空洞がもっと広がれば、芸術のちょうどいい容れ物になれるかな。そんな淡い希望を抱く40代最後の一年が、つい先ほど、意外なほど軽やかに始まったところです。


✴︎


 ベストテン的な気の利いたものはできないので、2025年に読んだ本、見た映画、聴いた音楽の中から印象に残ったものを、この世に出た順で並べてみました。

(写真は、息子が2025年に焼いた謎の壺。)


【本】;出版順    

  1. エスクァイア日本版 1990年9月号『特集 わが黒澤明に、愛をこめて』(UPU/1990)
  2. 舟越保武『舟越保武全随筆集 巨岩と花びら ほか』(求龍堂/2012)
  3. 大平一枝『届かなかった手紙 原爆開発「マンハッタン計画」科学者たちの叫び』(角川書店/2017)
  4. 山沢栄子/大阪府「なにわ塾」編『私は女流写真家 山沢栄子の芸術と自立』(なにわ塾叢書/2019 ※復刻保存版)
  5. 小倉孝保『ロレンスになれなかった男 空手でアラブを制した岡本秀樹の生涯』(角川書店/2020)
  6. 濱田研吾『俳優と戦争と活字と』(ちくま文庫/2020)
  7. SAKAI DE JUN『MAKE AIR NOT WAR』(※ zine/2025)
  8. 國分功一郎『手段からの解放 シリーズ哲学講話』(新潮新書/2025)
  9. 『宮脇綾子の芸術 見た、切った、貼った』(平凡社/2025)
  10. 向谷地生良/聞き手 白石正明『向谷地さん、幻覚妄想ってどうやって聞いたらいいんですか?』(医学書院/2025)
  11. 『被爆都市手帳 ヒロシマ』(ckinoco/2025)
  12. SPECTATOR 2025 vol.54『パンクの正体』(エディトリアル・デパートメント/2025)
  13. 千野栄一『プラハの古本屋』(中公文庫/2025)
  14. 星野智幸 作/nakaban 絵『うちゅうじんになるみ』(岩崎書店/2025)
  15. 佐伯誠『ジャズと自由は手をつないでいく』リトルギフトブックス/2025)



【映画】;制作年順 


  1. 小津安二郎『東京の合唱』(1931)
  2. アルベール・ラモレス監督『赤い風船』+『白い馬』(※4Kデジタル修復版 / 1956・1953
  3. ベット・ゴードン監督『ヴァラエティ』(1983)
  4. グラハム・フォイ監督『メイデン』(2022)
  5. パオラ・コルテッレージ監督『ドマーニ!愛のことづて』(2023)
  6. 小田香監督『FUKUSHIMA with BÉLA TARR』(2024)
  7. アリ・アッバシ監督『アプレンティス ドナルド・トランプの創り方』(2024)
  8. ジェシー・アイゼンバーグ監督『リアル・ペイン』(2024)
  9. ペドロ・アルモドバル監督『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』(2024)
  10. モハマド・ラスロフ監督『聖なるイチジクの種』(2024)
  11. ジェームズ・マンゴールド監督『名もなき者 A COMPLETE UNKNOWN』(2024)
  12. ハリナ・ライン監督『ベイビーガール』(2024)
  13. モーガン・ネヴィル監督『ファレル・ウィリアムス:ピース・バイ・ピース』(2024)
  14. ルカ・グァダニーノ監督『クィア』(2024)
  15. ウォルター・サレス監督『アイム・スティル・ヒア』(2024)
  16. 三池崇史監督『でっちあげ』(2025)
  17. 呉美保監督『ふつうの子ども』(2025)
  18. ポール・トーマス・アンダーソン監督『ワン・バトル・アフター・アナザー』(2025)
  19. 団塚唯我監督『見はらし世代』(2025)
  20. 永田琴監督『愚か者の身分』(2025)
  21. アリ・アスター監督『エディンバラへようこそ』(2025)



【音楽】;リリース順

 毎度、この発表を見た何人かから「音楽はどうなの?」と聞かれるので、2025年によく聴いたアルバムを挙げてみました。でも、じっさい挙げてみると、「これだけじゃない」って思えてくる不思議。


  1. Great3『When You Were A Beauty』(2002)
  2. Tara Jane O’neil『Tara Jane O’neil』(2017)
  3. Jonny Greenwood『Phantom Thread O.S.T.』(2018)
  4. Rufus Wainwright『Unfollow the Rules』(2020)
  5. Zé Ibarra, Dora Morelenbaum & Julia Mestre『Live at Glasshaus』(2023)
  6. Timothée Chalamet『A Complete Unknown O.S.T.』(2024)
  7. 小西康陽『失恋と得恋』(2024)
  8. 折坂悠太『Straβe』(2025)
  9. 伊藤ゴロー、Paula Morelenbaum & Jaques Morelenbaum『TREE, FORESTS tribute to RYUICHI SAKAMOTO』(2025)
  10. Number_i『Number Ⅱ』(2025)
  11. Tomi Lebrero & Tomi Mutio『TOMI & TOMI』(2025)

青野利光が2025年を振り返る


 PEOPLE BOOKSTOREから車で5分ほどのところにある古いマンションの一室で、零細出版社を営む編集者です。不定期刊の『スペクテイター』というカルチャー誌を、かれこれ25年以上にわたって刊行してきました。

 今年は、その54号目にあたる「PUNK」特集号と、パソコン誕生の歴史をマンガで解説した書籍『パソコンとヒッピー』の計2冊を刊行。また、前年から続いていた撮影関連の仕事を片付けながら、いくつかの編集・執筆をこなし、後半は来年から始動するプロジェクトの準備に時間を費やしました。

 こう書くとまるで流行語大賞の「働いて、働いて、働いて」派のようですが、仕事の合間をぬって岩手や出雲や小笠原を旅したり、漁協の年券をぶらさげて渓流釣りに出かけたりもしていたので、どちらかというと「ワークライフバランスという言葉を捨てない」派に分類されるのかもしれません。まあ、ものごとを2つに分けて競い合うのは趣味じゃないんで、どっちでもいいんですが。

 さて、テーマは「2025年を振り返る」とのことなので、過去の執筆者の例に倣って、印象に残った本を振り返ってみることにします。

 まずは、書店での購入履歴と土浦図書館の貸出レシートをめくりながら、この1年間に読んだ書籍名を時系列に書き出し、そこからさらに面白かった本をピックアップしてみたわけですが、できあがったリストを見て、思わず自分にツッコミを入れたくなりました。おまえの読書遍歴は、ヘボいDJがつくったミックス・テープか! と。

 外国人著者による日本論から始まり、民俗学的な本、聞き書きの手法で書かれた本へと進み、最後はなぜか爆弾犯の本へ。音楽に例えるならば、民謡からフォークソングを経てアナーコ・パンクに着地という具合か。ちなみに、途中から左の方へ旋回しているのは、10月に映画館で観た、レオナルド・ディカプリオが急進的左翼を演じた映画『ワン・バトル・アフター・アナザー』の影響ですね。

 なんともはや、ユルユルで場当たり的なチョイス。だけど、読書もレコードも、そのときの気分に合わせて選んで繋いで、こうやって振り返ったりして楽しめるのがアナログならではの醍醐味。ですよね、植田くん!

 というわけで2026年も引き続き、自由な気分で読書を楽しんでいきたいと思います。


《2025年 ぼくの読書MIX》

1. 『神経症的な美しさ アウトサイダーがみた日本』モリス・バーマン著 込山宏太訳(慶應義塾大学出版会 2022)

2. 『忘れられた日本人』宮本常一(岩波文庫 1984)

3. 『山に生きる人びと』宮本常一(河出文庫 2011)

4. 『「日本残酷物語」を読む』畑中章宏(平凡社新書 2015)

5. 『ヤンキーと地元 解体屋、風俗経営者、ヤミ業者になった沖縄の若者たち』打越正行(筑摩書房 2019)

6. 『驚きの介護民俗学』六車由美(医学書院 2012)

7. 『福島モノローグ』いとうせいこう(河出書房新社 2021)

8. 『アンダーグラウンド』村上春樹(講談社 1997)

9. 『ホームカミング』ボブ・グリーン(文藝春秋 1991)

10. 『新左翼と天皇』井上亮(ちくま新書 2025)

11. 『ユナボマー 爆弾魔の狂気』タイム誌編集記者著、田村明子訳(KKベストセラーズ 1996)

12. 『爆弾犯の娘』梶原阿貴(ブックマン社 2025)

13. 『狼煙を見よ』松下竜一(社会思想社 1993)


1/1 雑記

12月31日。店を開けるとけっこう人が来てくれて、大晦日だなーなんて感慨も生まれず、淡々と本を売る。早い時間にソニックさん、ちょうどよく間をあけてシナさん、マスダさん、クドウさん、マスヤマくん。年末恒例になりつつあるヒデさん、サクライさん。一見さんもチラホラ。ほどほどにビールを飲み、スリリングな会話を交わして、閉店。

帰宅すると20時過ぎ。紅白歌合戦をラジオで聴いてみる。テンポが早い。ケン玉、ドミノ、エトセトラ。耳から入ってくる情報では何がおきてるのかイマイチ掴めない。矢沢永吉。いい歌だったなァ(1曲目がとくに)。ミーシャも熱唱。ミセスの途中で地震速報。うつらうつらしながら最後まで聴いていた。

1月1日。いつも通りに起きる。高田渡『ごあいさつ』に針をおろすと、A面8曲目「ブルース」がぐさりと刺さる。「泣くなんて ちいさなこと/ため息つくなんて つまらないこと/だのに このふたつの 大きさを とりかえとりかえして/男も女も 死んでゆく」。エミリー・ディキンソンの詩を訳したのは、中島完。どういう人なのだろうか。