「もう一人旅はできない」
8月、北海道でそう思った。
これまで、南は吐噶喇列島から北はアイルランドまで、どこでも一人で行ってきたのに。
行きたかった目的地は思っていたよりも遠く、どこにも辿り着けなかった。
さびしくて何にもやることがない。自分の無計画さに途方に暮れて、円山動物園の猿たちを眺めながら予定よりも早く帰ることに決めた。
秋になり、友人Rから長崎に来ないかという連絡が来た。Rは中学と高校の同級生で長崎にある大学の水産学部に通っている。浪人したRも、1年間フラフラしてから大学院に入った私も24歳でまだ学生。地元でたまに顔を合わせる以外は連絡もあまり取っていなかった。誰かに会いに行くことならできるかもしれないと思い、3日後に長崎へ行くと伝えた。
長崎に着いてから私とRは池島へ向かった。
人口約90名、周囲4Kmほどの小さな島だった。
出発前、乗船実習で同級生にもらったという封の開いたラッキーストライクをRがくれた
船では有り難かったけど陸に戻ればハイライトが買えるのでもういらないという。
久しぶりに会ったRはタバコを吸い、海についてよく話すようになっていた。知らない魚を次々挙げながらそれがどんなに美味しいか説明してくれたけれど、名前が思い出せない。
池島には2001年まで炭鉱があり、炭鉱夫やその家族が島に残したせいで増えてしまった猫たちが島中でまどろんでいる。私とRは坑内を歩くことのできる見学ツアーに参加した。
ヘルメットについたキャップランプの灯りを全部消したとき、目の前にかたまりのような真っ暗闇が現れて、じっと眺めた。自分の手さえ見えなかった。
猫好きなRは島で猫を見かけるたびに立ち止まっていたが、一匹の猫が足元に擦りよって来たとき「おまえ、それはだめだよ」といった。見ると、Rの足の親指に血がついていた。猫の血だった。
猫たちは今や人間よりも増えてしまい、当然、体調管理などされているわけでもないので病気や栄養失調で死んでしまい、育たないことが多いのだという。ウェットティッシュを手渡すと、Rは「ありがとう」と言って猫の血を拭った。夕飯を食べる店もない島だったのでサワークリーム味のプリングルスを食べて一晩過ごした。
島から戻った後もRの家でお世話になり、4泊5日を長崎で過ごした。卒業して以来5日間も一緒にいることはなかったから不思議な感じがした。それは小学生の頃、雷のひどい日に、先生が危ないからと言って下校時間が過ぎてもクラスメイトたちと教室で過ごした時のみょうにワクワクした気持ちに似ていた。
長崎駅の改札でRと別れ、今自分の近くにいる人たちにお土産をたくさん持って、
その人たちに何を話そうか考えながら帰路についた。
来年もやっぱりどこかに行きたいと思う。
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