「私の人生が映画よりつまらないなんてあり得ない」。これは20代からの人生のテーマだ。現在46歳。人生の半ばまで来ると、映画みたいなことが起こりすぎて「もう映画は結構です」という気持ちもなきにしもあらず。
2025年は、映画というよりも「これが人生」と思うことばかりで「私の人生が映画よりつまらないなんてあり得ない」という言葉以上の1年だった。伝えたいことは山ほどあるのだが、今回はある人との出会いについて書きたいと思う。
私は昔から生きる上で力のさじ加減というものがわからず、いまだに中間がない。つまり適度にこなすことができず0か100しか選択肢がないのだ。0か100の私は少しでも気が緩むと即0になり、自身の足で立つことを諦め人や酒に依存してしまう。0になりそうな時、私は身近にいるスパルタな人たちの言葉を思い出す。そして何かに寄りかかりそうになる身体を少しずつ起こして0を回避するのだ。
今年、私の中に新たなスパルタな人ができた。その人物はnatunatunaさんだ。natunatunaさんは同い年(学年が一緒)。数回しか会って話をしたことはないし、誕生日も知らないし、作品や活動についてもほんの一握りしか知らない。唯一知っていることは、PEOPLE BOOKSTOREの隣のカフェで頼むものがツナサンドだということと、車の運転席のシートが直角であることぐらいだ。それでも、ずっと前から知っているような不思議な錯覚に陥ることがある。
厚かましいことは承知だが、私とnatunatunaさんはどこか似ている。たぶん、natunatunaさんにも中間がなく適度にこなすことが苦手なのではないかと思っている。しかし、私のそれとは大きく異なりnatunatunaさんは100をキープすることが基本で、100を超えるために日々を生きているように見える。私の場合は0にならないために100をキープしているだけで、それ以上を目指すことはそうない。「無理しないで」「頑張りすぎだよ」「そこまで必死にならなくていいよ」……、きっとそんな言葉を幾度となく他人から声をかけられただろう。natunatunaさんはそれらの言葉をどう受け止めているのかわからないが、私は〈ネガティブ応援ソング〉と呼んでいる。歌じゃないけれど。ファッションで言う〈抜け感〉とか〈こなれ感〉みたいな生き方がかっこいいと思っている人たちより、必死で泥臭く生きているほうが何倍もかっこいいし、私もそっち側だ。
「俺は先行きますよ」(人に依存しそうな0になりかけの私へ)
「もっとはいずるべき」(タラウマラ土井さんの言葉)
「最高のライブを見せますよ」(てあしくちびるのライブ前)
これらは、今年胸に刺さったスパルタな人たちの言葉だ。2026年は、もっとはいずってあなたを追い越して最高の1年にしたい。
「50歳までがんばる」
どこかで見かけたnatunatunaさんの言葉。
うん、私もがんばる。0にならないために。
写真キャプション:2025年12月、私が編集する雑誌GO ONが5周年を迎えました。これからもよろしくお願いします!

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