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2022/11/02

正面解説は山名昇で

山名昇さんが選曲した『BLUE BEAT BOP! presents ISLAND Reggae Classics 70’s→80’s』のライナーノーツはとにかく最高。デザインもイケてるし、筆のノリも抜群だ。「1曲目はこれしかない」と幕開けを託したディリンジャーの“Ragnampiza”は「レゲエ・クラブで150回はかけているだろう。それも前のDJからの代わり端、カマしの曲」。リコの“Take Five(12inch version)”は「ここに世界初、12インチのフル・レングス、7分40秒! でお届けしよう。後半のダブが付いていなけりゃ、なんにもならないでしょ!」なんて感じで、滅法楽しい。

10曲目、ジュニア・マーヴィン“Police and Thieves”で「中入り」、19曲目となる最終曲、アスワド“On and On”は「さて、午後6時を過ぎて、打ち出しだ。弓取りのバックにアスワドの、多分ジャマイカ・オンリーのヴァージョンをどうぞ」と言葉を添える。大相撲中継風のレゲエ・コンピのライナーなんて他にないでしょ!

なお、休場していたのは、横綱のバニー・ウェイラーとグレゴリー・アイザックス、大関のヘプトーンズとシュガー・マイノット。改めて来場所に期待。正面解説は山名昇でお送りしました。

〆の言葉にまたニヤリ。このライナーノーツは2000年代山名昇の代表作! と勝手に言ってしまいたくなる(もちろん、音源そのものもメチャクチャにカッコ良く、編集されています)。

2020/05/01

「Do It Yourself 自分(たち)でやる」


この「Do It Yourself 自分(たち)でやる」、すなわちDIYシーンは、他の誰もやらないから、自然と起こったことだった。バンドの宣伝、ライブのフライヤーを貼ってまわったり、音源をレコーディングしたり、フライヤーをデザインしたり、それをメディア、新聞や雑誌に送ったり、ツアー用のバンを貸したり、運転したり、機材を積んだり、そういったことをやったり手伝ったりする人は、最初はほとんどいなかった。それらは全部自分でやることだったのだ。

もし誰も手伝ってくれなければ、時間を使って、持ち出しの金でやるしかない。もし何かクリエイティブなことがやりたい人がいたら、僕は「自分でやってみようよ」と言うだろう。
−デイヴ・ディクター『MDC あるアメリカン・ハードコア・パンク史』(第7章 「さらばオースティン」)

2020/01/04

「自分の仕事」


「自分の仕事」

自分の仕事を見失ってはならない。
どんな暗い夜がこようとも
暗闇のなかで目ざめていると
静かにわたしの仕事が話しかける。
のとき、それはわたしを勇気づける。
歩きつかれて
ふいに初めをふりかえるとき、
小さなむかしのわたしが住んでいて、
やさしく、こみあげるものを教えてくれる。
美しいものは人目につかず、
すべてはまずしく小さい。
わたしはいつも内側をふりむこう。
そこから自分の仕事にいそしもう。
どんなに幼くとも
つねに中身だけのところから出発しよう。

−『菅原克己全詩集』(西田書店)より

年始にめぐりあったのは、あたたかくぬくもりのある本だった。
その320ページに置かれていたのが、「自分の仕事」(1975年刊行の『叔父さんの魔法』収録)。色々と考えること、考えさせられることの多かった年末年始だったから、一読して感じ入った。信頼する誰かに背中をポンとたたかれたような感覚を覚えた。大丈夫。いま、進めべき道を歩みなさい。そう励まされたのか、すっと気持ちが楽になった。

まさかの2020年。今年も本屋として、生きていく。人間らしく、生きていく。

2019/04/17

「依存」と「独立」


“「自立」というのはほんとうに他の人に頼らずにすむこと、つまり「依存」(ディペンデント)ではなく「独立」(インディペンデント)であることをいうのだろうか。ちょっと考えればわかることだが、他人にまったく依存しないで生きてゆける人は存在しない。一からすべてじぶんですることはだれにもできない。とすれば、「自立」とは、いざとなったらいつでも支えあうことのできる(インターディペント)人的ネットワークをきちんともちえていることをいうのではないのか”
鷲田清一『パラレルな知性』(晶文社) / p170「私的なもの」をめぐって より

「自立」と「独立」


“多くの人が「自立」と「独立」を混同しているとおもう。
英語の「インディペンデンス(独立)」の「イン」は否定の意味で、「ディペンデンス(依存)」を否定することだ。しかし、人間は年をとれば誰でもインディペンデンスでは生きられなくなる。本当に必要なのは、「インターディペンデンス(支えあい=相互依存)」なのだ。ふだんはお金でそれらのサービスを賄えたとしても、いざというときに、たとえ身内が近くに存在していなくても周囲の誰かと支えあえる、そういうネットワークや仕組みをいつでも使えるようにしてゆくこと。その用意ができていることが「自立」なのである。”
−鷲田清一『パラレルな知性』(晶文社)/p279 右肩下がりの時代に より

2019/02/01

『たそがれ』



柴田元幸×トウヤマタケオ『たそがれ』が届きました。
このCDのなかでJ・ロバート・レノンによる6つの短編(「道順」、「軍服」、「紅茶」、「クーポン」、「たそがれ」、「短さ」)を朗読するのは、翻訳家の柴田元幸。伴奏と独奏、歌唱はトウヤマタケオ。長さ的には「ショート・ショート」に類するレノン作品を耳で追うのは少し奇妙で、ときに愉快な体験です。封入のブックレットと合わせてお楽しみください。

販売価格は2376円(税込)。同シリーズの前作『ウインドアイ』も在庫しています。

***


■たそがれについて
翻訳家・柴田元幸にとって、音楽家・haruka nakamuraとコラボレーションしたアルバム、ブライアン・エヴンソン『ウインドアイ』に続き、朗読と音楽によるセカンドアルバムとなります。
『たそがれ』は、2018年10月に兵庫県・篠山にあるrizmで開催した、柴田元幸とランテルナムジカのライブを音源化したものです。
ランテルナムジカは、音楽家・トウヤマタケオと画家・nakabanによる幻燈ユニット。CD化にあたり、ライブでnakabanが描いたドローイングを、アルバムアートワークに採用しました。
柴田元幸の朗読とトウヤマタケオの音楽によるJ・ロバート・レノンの短篇6作品のセッションに、トウヤマタケオのソロ3曲をくわえた全9曲で、J・ロバート・レノンの世界観を表現しています。

■J・ロバート・レノン、収録作品について
J・ロバート・レノンはアメリカの小説家で、現在、コーネル大学で創作と英文学を教えています。
CDに収録した「道順」「軍服」「紅茶」「クーポン」「たそがれ」「短さ」の6作品は、Pieces for the Left Hand: 100 Anecdotesと題された100篇の短篇から成る本に収められています。
「道順」「軍服」は柴田元幸が責任編集の文芸誌『MONKEY vol.2』に収録されており、その他の4作品は本邦初訳です。
100篇の中から、柴田元幸が最も愛する6作品を選びました。
J・ロバート・レノンの世界観について、柴田元幸が自身のライナーノーツで以下のように述べています。
“どの作品もユーモア(光)とメランコリー(影)が織り交ぜられていて、配分はそれぞれ違うが(たとえば「軍服」はユーモア主流だし、「紅茶」はメランコリー中心)、両者のごく自然な絡み合いが、作品を再読・再聴に耐えるものにしている” 
このレノンの世界観は、トウヤマタケオの世界観とも通じるものだと思います。昼でも夜でもない“たそがれ”の優しさとさみしさを、朗読と音楽によって体感してもらえたらと思っています。

2018/04/06

パンク・ロック



“トニー・フレッチャーが、ある記事の中でこんなことを書いてたんだ。フレッチャーの最後の一行はこうだった。「座り込むな。パンク・ロッカーだったらクラブを作れ。バンドを組め。雑誌を作れ。映画を作れ。自分の人生でできることを、なんでもいいからやってみろ」。ぼくはこの言葉ですべてを確信した。”
−アラン・ マッギー(パオロ・ヒューイット『クリエイション・レコーズ物語』)より

*
元気がでないときに、となえる言葉。
上にも引いてあるけれど、もう一度。「座り込むな。パンク・ロッカーだったらクラブを作れ。バンドを組め。雑誌を作れ。映画を作れ。自分の人生でできることを、なんでもいいからやってみろ」。こう言われたら言い訳なんかしてられねえ。自分だって好きなことを、好きなようにやってるんだぜ。

*
デイヴ・マーキーとジョーダン・シュワルツによる写真集『WE GOT POWER!』を眺めていると、力が沸く。なにが、どうしてと説明できないのだけど、やる気が出る。理由を求めず、まず動く。若き日にちかったことを思い出す。

*
ただ今、パオロ・ヒューイット『クリエイション・レコーズ物語』(太田出版)を探索中(発見済み! 10/31追記)。デイヴ・マーキー/ジョーダン・シュワルツ『WE GOT POWER!』は販売しています。マイク・ミルズの映画『21センチュリー・ウーマン』でも描かれていた、西海岸パンク・シーンを切り取った素晴らしい写真集。

2017/11/24

2017/10/21

Brian Evenson『Windeye』/ 柴田元幸×haruka nakamura


ブライアン・エヴンソンの短編小説『Windeye』を吹き込んだ音源が届きました。
朗読するのは翻訳家・柴田元幸。それにあわせ、音楽を奏でたのはharuka nakamura、青木隼人、内田輝。昨年10月に永福町〈Sonorium〉で挙行された「幻想と覚醒」でライブ録音された本作には、生々しい朗読と美しい音、聴衆の気配がそのまま封じ込められています。

販売価格は1620円(税込)。どこに、何に耳を寄せるかで聴こえ方が変わります。

***
翻訳家・柴田元幸と音楽家・haurka nakamuraが朗読とピアノでセッションしたブライアン・エヴンソンの短篇『ウインドアイ』をCDとしてリリース
溶けあった文学と音楽。物語を感じるというスリリングで新たな体験が何度でも立ち上あがる
2016年10月に東京・永福町のsonoriumで開催した翻訳家・柴田元幸×音楽家・haruka nakamura『幻想と覚醒』。その中で行ったブライアン・エヴンソンの短篇小説『ウインドアイ』の朗読と音楽による即興セッションをCDにしました。ゲストミュージシャンは青木隼人(ギター)、内田輝(サックス)。マスタリングは田辺玄。柴田元幸によるライナーノーツ付き。
読む者の知覚と認識を揺さぶる小説『ウインドアイ』を、CD『ウインドアイ』は目に見えないものにし、聴く者を、一歩引いた観客にはさせず、物語の渦中に放り込みます。妹はどこに消えたのか、それとも妹などいなかったのか?
柴田元幸とharuka nakamuraが互いの音に反応しあいながら、物語に息を吹き込み、紙から解放しました。
溶けあった文学と音楽。物語を感じるというスリリングで新たな体験が、CDを再生するたびに立ち上がります。文字通り、何度でもこの物語は再び生まれます。聴くたびに、新しく。
現代アメリカ文学の翻訳家としてトップランナーの柴田元幸が、現代アメリカ文学の可能性を豊かに押し広げる作家のトップランナーとして挙げるブライアン・エヴンソン。CDを聴いたらぜひ小説もご体験を。

2017/05/25

『これが「自由ラジオ」だ』


“自分たちもラジオをやりたいっていう人が何人かきたんだけど、ちゃんとしてなければできないって思ってるのね。設備もそうだけど、やることも何時何分から音楽とかね。だからここでやってるのを見ると、すごく安心しちゃうみたい。「ずいぶん気楽にやってますねえ」って。”
-話し手・平野公子 /「自由ラジオをどう考えるか」より

いやはや、痛快。粉川哲夫が編集した『これが「自由ラジオ」だ』を一気に読んだ。
小さくあれ。軽くあれ。自由であれ。これは、自分が、店の運営、進行中のあらゆる活動をおこなう際の前提にしている意識に関する本だった。芹沢高志の『この惑星を遊動する』(および『月面からの眺め』)経由で手にとったからか、通読中にうかんだフレーズはこれだ。堅牢な計画よりも、柔軟な発想。実践しながら修正していく、心構え。芹沢氏いわく「計画とはその場、その時点での将来目安。変わりつづける現実を前にして、変えつづけることが前提である」(*1)

小さくなければできないこと(*2)
マイナーであるということは、虚弱であるということではない(*3)

小さな書物『これが「自由ラジオ」だ』に織り込まれた思想は、刊行から約35年後の商店主にだって有効だ。思考のきっかけ。視点の変換。好奇心に忠実であるための、少しの勇気。刺激を与えてくれる、あぶない道具とも言えるかな。こういう本に触発されたのなら、すぐに動きださねば。…店をはじめる数年前まで、こんなことばかり考えていたんだよなあと、我に返って本を閉じた。

幕引きの引用は懲りることなく、あの本から。

本書の結論としては———

○情報過多の時代、理屈はやめろ。妄想で立ち向かえ。
○ステイ・アンダーグラウンド。メジャーになったらカッコ悪いと思え。
○DIY。レディメイドな雑誌ではなく、ハンドメイドな雑誌を。
○ジャニスの原理を想起せよ。
○無駄の中に真実がある。
○理想を捨てるな。
○週に一度は古本屋を覗こう。
○敵はシステムではなく、自分の中にある。(*4)

(*1)『この惑星を遊動する』(岩波書店)芹沢高志:「私が覚えたいくつかのこと」

(*2)『これが「自由ラジオ」だ』(晶文社)粉川哲夫編:「小さなアンテナがのびる」
(*3)同上:「解放のメディア」
(*4)『証言構成 ポパイの時代』(太田出版)赤田祐一:「あとがきにかえて 妄想戦から現実戦へ」

2017/03/19

〈持たない者〉


“肩の力を抜け。
酒があって、女がいる、それでいいじゃないか。
ブコウスキーは、〈持たない者〉の美学を描き出す。
気張って生きることが、どれほど価値があるのかと、問いかける。
われわれは、返す言葉もなく、ただひれ伏すしかない。
ブコウスキーよ、あんたは偉大だぜ。”
-〈持たない者〉でいこう(『ブコウスキーと町でいちばんの酔いどれ天使』より

『ブコウスキーと町でいちばんの酔いどれ天使』って本が面白い。

一冊ぜんぶ、ではないけれどこの本の8割はブコウスキーのことで埋めつくされてる。
すごい。この「トーキングヘッズ叢書」ってのはすごいぜ。知らないことばかり載っているような気がする。作家ヘンリー・チャールズ・ブコウスキー・ジュニアが父親からスパルタ教育を受け、規律や愛国心を植え付けられただなんて。にも、かかわらず女好きで競馬好きの大酒飲みになるなんて。なかなか、いい話だと思うんだな。

こんな本やあんな本、つまりは色々と入荷しています! 是非ご来店ください!

※※※あなたの本、買い取ります!※※※
PEOPLE BOOKSTOREでは本の買取を行っています。
ご不要になった本、大切だけれど置き場所がない・・・という蔵書がありましたら、気軽にお声をおかけください。
お声がけはメールでも直接ご来店頂いても構いません。預かった本は出来るかぎり早く査定します。

2017/02/18

『ROCK MAGAZINE』


“現時点でロック・マガジンがパンク・ロックとして呼ぶのは、ラモーンズ、イギー・ポップ、ウェイン・カウンティ、ブロンディ、モダーン・ラヴァーズ、フレイミン・グルーヴィーズ、セックス・ピストルズ、テレヴィジョン、トーキング・ヘッズ等だ。話が元に戻るが、パンクという言葉がくせ者だ。手短かに言うなら、ラモーンズのジョーイの声、モダーン・ラヴァーズのジョナサンの声がパンクだろう。
-“総てのエナジィはギターから生まれる それがパンク・ロックだ”(『ROCK MAGAZINE』第5号)より

1976年のパンク・ロック。

2016/11/10

『Spectator』37号への手引き(1)


“テレビやインターネットの情報をもとに書く記者が増えていることを懸念する。ハイテクはジャーナリズムを殺す毒だ。記者は「歩兵」であり、自ら歩き直接、聞いた話を書くべきだ。”
-ゲイ・タリーズ(坪内祐三『文庫本宝船』より)

“また、70年代に、アメリカで勃興した「ニュー・ジャーナリズム」という新しい「声」による文芸運動をとりあげた「ニュージャーナリズムとは音楽の世界でいえば強烈なロックなのだ!」という刺激的な記事もあった。ライターは、前出・北山耕平氏。トルーマン・カポーティ、ゲイ・タリーズ、トム・ウルフ、ハンター・トンプソン、そして日本では、『新・阿房列車』における内田百閒や、前出・坂本正治氏といった、新しい意識を持った書き手の動向について、6ページで紹介していた。”
-赤田祐一(赤田祐一『証言構成「ポパイ」の時代』より)

“鍵はね、たぶん〈声〉にある。その〈声〉をどうやって伝えるかということが、すべてのいろんなジャンルにおいて、アーティストみたいな人たちの仕事なんだと思う。だからその〈声〉を持ってる人は、類は類を呼ぶじゃないけど、呼び合う〈声〉によって引っぱられるし、その〈声〉はハートからハートへ伝わっていく。”
-北山耕平(北山耕平×曽我部恵一「それでも街で自立して生きるには」『Quick Japan』vol.55より)

“〈声〉—汎人類的な、ある種の人間が共通して持っている一種の意識。その意識に目覚めた者同士が同時多発的に繋がった時、文化的にも社会的にも巨大なムーヴメントが起こる。”
-北沢夏音(同上)

北山耕平を特集した『Spectator』37号への手引き、道先案内となるようなテキストを自分なりに選び、ここで紹介していこうと思う。いま、いきなり“ニュー・ジャーナリズム”と言われても、ピンとこない人のほうが多いんじゃないだろうか。でも、上に引いたゲイ・タリーズの「歩兵」の思想や、「ニュージャーナリズムとは強烈なロックなのだ!」なんて言葉があれば、読みすすめる上でヒントになるかもしれない。

もし、これらの〈声〉に少しでも興味をもってくれたなら『Spectator』を手にとってほしい。立ち読みでも構わないので、気軽かつお気楽に。そこでもし〈声〉を感じ取ってもらえたなら、とても嬉しい。

2016/09/20

『これについて』


“二人は協定をむすび、正確に二ヶ月間だけ離れて暮す約束をする。その期限が切れるのは一九二三年二月二十八日である。マヤコフスキーはルビャンスキー街の仕事部屋に閉じこもり、熱に浮かされたように愛の叙事詩「これについて」を書きつづける。”
-小笠原豊樹(“マヤコフスキーの手紙”より)

マヤコフスキー叢書最新刊『これについて』が入荷しました。
見てください、この表紙。格好良いと言うか、すごい迫力。するどい眼差し。叢書10冊目にして、二番目の薄さ。しかし、マヤコフスキーは走ってる。ほとばしる言葉はあちこちに飛び散る。挿絵にA・ロトチェンコによるフォト・モンタージュが使われてるからでしょうか。これまでになくオブジェのような本になっています。

冒頭の“これについてとは何についてか”を読んでも、『これについてが』何なのかは分かりません・・・が、既刊の『ぼくは愛する』に収録された“マヤコフスキーの手紙”を読み、ボクはようやく要点を掴みました。つまりこれはラブ・レター、恋人のリーリャ・ブリークへの激情。激しすぎる、愛の叙事詩。「いつもこうなんだ、街の太鼓が夢のなかへ入ってきて、するといきなり記憶が戻ってくる。さびしさはここ、部屋はここ、あそこには彼女、罪のあるあの女がいる、と」(“隠れ場がない”より)。

既刊、最新刊の内容、時制が入り乱れるマヤコフスキー叢書。販売価格はすべて1028円(税込)です。

2016/09/08

『楽しいVoid』


何度聴いても飽きないな。4曲だけしか入ってないのに。あっという間に終わっちゃうのに。
「朝 ゲロ 夏 アホ コンビニで買った缶ビールでチアーだ」なんて歌詞になんでこんなにグッとくるんだろうか。他人事じゃないからかな。
いい年こいてますが、ボクはロンリーが大好きです。7インチless than TVから出るアルバムどちらも販売します。お楽しみに。

2016/08/27

Today's YouTube #182



“「いいか、物書きになるつもりなら、人生を愛さなくちゃだめだ。人生を愛するにはシェイクスピア・アンド・カンパニーにまさる場所はない」作家は僕に向かって言った。「ほとんどだれにでも会えるし、本は読めるし、美人だって見られる。こういう場所を大切にしろよ。世界にもたくさんはないからな」”
-ジェレミー・マーサー(『シェイクスピア&カンパニー書店の優しき日々』より / 市川恵里・訳)

2016/08/26

Today's YouTube #181



“人はみんな自分の人生をふるいにかけて、愛情と優しさを注ぐ先を定める。そしてそれは美しい、素敵なことなのだ。でも独りだろうと二人だろうと、わたしたちが残酷なまでに多種多様な、回りつづける万華鏡に嵌めこまれたピースであることに変わりはなく、それは最後の最後の瞬間までずっと続いていく。きっとわたしは一時間のうちに何度でもそのことを忘れ、思い出し、また忘れ、また思い出すのだろう。”
-ミランダ・ジュライ(『あなたを選んでくれるもの』より 岸本佐知子・訳)

2016/08/22

Today's YouTube #179



ああ、みっともねえ。一聴して、そう思った。
だけど何度も聴いてしまう。ぼんやりとして気持ちの定まらない朝に、ただ流す。励まされるわけじゃない。勇気ももらえるはずもない。でも、欲してしまう。心の凹みにぴったりはまるわけでもなく、痛みをいやしてくれもしないのに、もう一回くりかえす。ああ、やっぱりみっともない。でも、なぜだかしっくりくる。

この人は、なんでこんな曲がつくれるのだろう。こんな感情を曲に、音楽に乗せる必要ないよ。と、凡人であるボクはそう感じる(そもそも、激しく音痴なボクは気持ちを歌に変換できもしないのだけど)。だから、なんて論理展開するのは阿保らしいけど、ボクは、この歌をうたう人をすごいと思う。この人は誰にもうたえない歌をうたったんだ。それは、本当にすごいことだよ。

***

“これで終りにしたい”

マンガ家になりたかった 野球選手はあきらめてた
ズケズケとなじられる それは今でもおんなじこと
ドブ川に落とされちまえ 真黒にされちまえ
あの頃とかわらぬドブ川 異臭をはなっている

きつい挫折を味わったというの なんか虚しいそれだけ
誰かトカレフを譲ってくれないか これで終りにしたい

喜びあい 憎しみあい 求めあい 僕は今だにわからない
一人の女さえも幸福にしてやれない甲斐性無し
本当の愛ってなんだろう 豆腐の角に頭ぶつけて
僕は誰かを愛せるのか 肉欲という名のバス

なんかやるせない思いを抱いて 恋に恋するおっさんさ
誰かトカレフを譲ってくれないか これで終りにしたい

午後5時まで働くことがとても嫌でしょうがない
僕にインドは遠すぎるの 自堕落な理想郷
酒を飲んで酔っぱらって 人生をちゃかしてみて
怖くなったりひらき直ったり ハナをかんでゴミ箱

生甲斐なんか面倒なほど なんかみじめでみじめで
誰かトカレフを譲ってくれないか これで終りにしたい


 詞と曲:加地等


2016/07/16

『街から』


“われわれのような権力から遠い者は、一人ひとり無力かもしれない。しかし野球にたとえれば、せめて良き外野席の客になることはできるだろう。歴史をしっかり見よう。世の中には少数派ではあるが、常に弱者への視点を失わないで闘っている勇気の人がいる。彼らを孤独にさせてはならない。外野席からでも拍手を送ろう。『街から』のようなミニコミ誌ならそれができるはずだ。”
-マルセ太郎(『本間健彦インタビュー集『人間屋の話』より)

画家、詩人であり脳味噌製造所・成田商店の主人である成田ヒロシさんが店に来てくれた。
3年ほど前に一度だけお会いしたことのある成田さん。年はずっと離れているけれど、きっと感じていることはかなり近い。相当におこがましい言い方になるけれど、ボクにとっては同志である。そんな方から手渡されたのが、『街から』だ。“インディペンデント・リトルマガジン”と謳う気骨あるミニコミ誌。その誌面には、いま、これだけは言っておかなくては! という強い意志から発せられる言葉ばかりが印字されている。ここで声を発しているのは大先輩ばかり。でも、成田さんと同じようなハートを持ったひとばかりなのだろう。インターネット(やっかいな網目だ!)での監視下では言いづらいことも綴られている。はっきりと偏っている。でも、それだから面白い。そもそも、ボクは血が通っていない言葉に興味はないのだ。

上に引いたマルセ太郎氏による言葉の最後の部分「『街から』のようなミニコミ誌なら」を「PEOPLE BOOKSTOREのような小さな店なら」と言い換えてしまえば、そのまま自分の気持ちを表現できる。長いものに巻かれるな。大きな声には気をつけろ。店をはじめるずっと前から、そう思っている。だから、ボクはこの小さな自立メディア『街から』を応援しないわけにはいかないのだ。この冊子が気になった方は是非、定期購読の申し込みをしてほしい。

2016/06/15

Today's YouTube #173



今では老いぼれた、カンザスの孤独な男になっちまったが
車の中でこうして自分の孤独について語ることを
おれは恐れちゃいない
というのは、それはおれだけの孤独じゃなくて
アメリカ中にいる、おれたちみんなのものだから、
なあ、みんな、語られる孤独というのは預言なのだ
百年前の月の中でも、またこのたった今
カンザスの真ん中でも。

“ウィチタ渦巻きスートラ” アレン・ギンズバーグ(村上春樹・訳)