2026/05/04

5/4 店日誌


古本屋に行った帰りや散歩のついでに、ときどき私がいた晶文社の「ワンダーランド」編集部に寄っていくんです。「ちょいとおいしいものがある」と私たちを誘って、ごちそうしてくれるんだけど、これが大しておいしくない。でも頑固な方ですからね、自分の基準は揺るがないんです。(津野海太郎)

5月4日、月曜日。ちょっと前に買い取った、植草甚一スクラップ・ブック『カトマンズでLSDを一服』に挟まっていたのは、2008年4月20日(日)付の「朝日新聞」の切り抜き。「植草甚一は終わらない」と題された文化欄の特集で、これがめっぽう面白い。上記した津野海太郎さんの証言はもちろん(『したくないことはしない 植草甚一の青春』にも似たような記述があった)、小西康陽さんのコメントも気が効いている。いわく───

僕には『だった』という過去形が重要。年を取ったら、そう無邪気に宣言はしていられない。貫き通した植草さんには、かなわない。(小西康陽)

同年3月に刊行した自著『僕は散歩と雑学が好きだった。小西康陽のコラム 1993-2008』に関する、ささやかだけど重要な工夫が語られていて、納得しながら唸ってしまった。あの本に漂う、寂寥感の基がここにある。もう、若くはない自分に対するある種の諦念───と片付けるには、当時の小西さんは才気煥発なのだけど。

山名さんは別に偉大な人じゃない。/でもいまの、ありとあらゆる音楽のカッコいいところだけを聴き分けるDJみたいな感覚を、誰よりも先に身につけてた人だった。(小西康陽)

小西版『散歩と雑学〜』となれば、どうしたってこの話になる。この「山名昇氏を讃える。」ってのは前著『これは恋ではない 小西康陽のコラム 1984-1996 』にある「バカラックを讃える」が伏線になってる……わけないか。

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今朝のレコードは、『JAH CHILDREN INVASION』。ニューヨーク拠点のレゲエ・レーベル、ワッキーズ(Wackie’s)が編んだ10曲のリディムはなんとも滑らか、ハイトーンのヴォーカルと相まって室内の空気を軽くする。湿度の高い日にうってつけ。

今日も通常営業! 明日、明後日は11時〜18時の短縮営業です。

2026/05/03

5/3 店日誌


5月3日、日曜日。ふーーーー! どうにか間に合った! オンライン・ストア〈平凡〉で売れたものを持って、数組を郵便ポストに投函。そののち、筑波学園郵便局まで自転車を走らせて、ゆうゆう窓口でレコードと本を発送(空いててよかった!)。帰路のドラッグストアで電球を3つ、昼食の菓子パンを買ってから店にきた。たくさんの空き缶を処理して、棚を整えて、定時に開店。はァァァ……朝っぱらから動き回って疲れた〜。

てなわけで、今日も通常営業です。お暇があればご来店ください。

2026/05/02

5/2 店日誌


ビートというのはリズムを刻むビートではなくて、ビートニクに関して英語辞書を引けば、「打ちひしがれた者」という意味がでてきます。つまり、乞食のようになっている者。ビートとはそういう意味です。だから僕は、社会の枠組みの外に出ることをビートニクは実践していたと思います。(能勢伊勢雄)

ビートとは単なる文学運動なのではない。それは、近代科学文明が突き進むデッドエンドの未来とは別の、もうひとつの未来を夢見た人間たちのヴィジョンであり、ビートからヒッピーへと引き継がれたオルタナティヴなライフ、そのすべてなのだと……。(久保田浩之)

5月2日、土曜日。能勢伊勢雄/聞き手・軸原ヨウスケ『能勢伊勢雄入門』を読んでから、ビートニク、ヒッピー、コミューン、サイケデリックといったカタカナ言葉の意味を再検証したくなった。ビートってのは50年代のアメリカで生まれたケルアック、ギンズバーグ、バロウズに代表されるアウトロー文学運動で、同時代よりも60年代以降のミュージシャン、クリエイターに大きな影響を与えた……ってな感じの把握じゃなく、ビートニクからヒッピー、サイケデリック・ムーヴメントの流れを動的に掴みたい。

ビートが、時代の最良の精神を持つ限られた天才たちだけのものだったとしたら、LSDによって誰もが天才の境地に達し、その精神を分かち合ったのが、60’sのサイケデリック・レヴォリューションだったのだと思う。(久保田浩之)

久保田浩之『オン・ザ・ロード、アゲイン』を読んでみようと思ったのは、そんな気持ちがあったからで、「21世紀のビートニックたちへ」なんて惹句に鼻白らむより、内容への興味がはるかにまさったからだ。雑誌取材を目的にした著者がアメリカ西海岸に渡ったのは1997〜1998年、インターネット黎明期。ビート〜ヒッピーの末裔たちを訪ねた旅の記録は、想像以上に豊かなものだった。

2013〜2014年に刊行された『スペクテイター』の「ホール・アース・カタログ」、2021年の「パソコンとヒッピー」の序章として読めば、より立体感が増す。なにしろ、久保田氏の一行は存命だったケン・キージーに会っているし、ウェイビー・グレイビーと多くの時間を過ごし、共に〈シェ・パニース〉を訪れてもいる。

と、勢いよく書き出したのはいいけど、まとめられる気がしないので、止めておく。とりあえず、今は植草甚一のスクラップ・ブック『カトマンズでLSDを一服』を読んでいる(「まず自分自身になる意志をもつことが根本的なヒップの条件だ」ってところにビビッときた!)。

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半年ぶりにロゴステッカーを増刷しました! 1000円以上のお買い物で2枚(白・黒)、1500円以上で3枚セット(緑・白・黒)をプレゼント! 連休中のサンキューフェアは店頭、通販の共通企画。ぜひご利用ください。

ようやっと快晴、いい気分。当店は今日も通常営業です。

2026/05/01

5/1 店日誌

5月1日、金曜日。本降り。家にいて雨音を聞いているのも悪くないなあ、とは思うのだが、店を開けなきゃはじまらない。こんな日だって本を売りにくる人がいたり、買いにくる人もいたりする。今日じゃないと、どうしても都合のつかないことだってあるだろうし、この付近まで出かける用事があるかもしれない。希望をこめた観測を重ねていけばキリがないのだけど、みんな、どこにも出かけない可能性もある。だーれもこないままポツネンとした時間を過ごすことになるかもしれないけど、開けるのだ。

てなわけで、今日も通常営業。オンライン・ストア〈平凡〉もどうぞよろしく。

2026/04/30

4/30 店日誌


4月30日、木曜日。今朝のレコードは『20th.Century DEB-WISE』。ラヴァーズ・ロックのリリースで知られるロンドン拠点のレーベル「DEB」によるダブ・オムニバスはデニス・ブラウンによるプロデュース、キング・タビーズ所属プリンス・ジャミーのミックス。バッキングには、スライ&ロビー、チナ・スミス、ウィンストン・ライトなどが参加している。曇天の朝にはUKのダブがぴったり……ジャケット、細かなフォントまで含めて、すべてがビシッと定まっている(“Dancing in the Street”、“Robbery in the City”とかって曲名も最高)。

アフリカ・エクスプレスの『In C Mali』も聴いていて楽しいです。カナダの作曲家、ウォルター・ブードローによるビッグ・バンド版の“In C”も気に入っています。チェロ奏者、マヤ・バイザーの“In C”はとても抒情的です。(テリー・ライリー)

テリー・ライリーのインタビューに誘われて、“In C Mail”を何度か聴いたのだけど、狭い店より空間的に余裕のある自室で流した方がよく響く。思わず踊り出したくなるワクワク感! ライリーのつくった“In C”を誰か、どうやって演奏するかで得られるイメージは大きく変わる。要するクラシックみたいなものなんだなあ。うーん、面白いなァ。

基本的にいい演奏者はいいリスナーなんです。だから演奏するより一番大事なことは、ちゃんと音が聞き分けれるかどうか。聞くことが重要です。新しい音にずっと触れ続けて自分が音の感覚とともに生きてるかどうかということが大切です。(能勢伊勢雄)

この数日で、なんどこの発言を抜き出したか! 他にもグッときたり、ガツンと打たれる言葉が数多あるのだけど、音楽を聴きつつ本を読み、他者と共生していくには「聞くことが重要」って声を脳内に響かせておかなきゃいけないだろう。ビビッときたなら『能勢伊勢雄入門』をぜひ、読んでほしい。

大型連休、はじまってるのかな。いまいち実感がないまま、開けてます。

2026/04/29

4/29 店日誌


終わりもはじまりもなく、特別なものは何もない、だから聴こえてくる音がある。真っ白い絵画から見えてくる風景があるように。/すなわち、音楽をジャンル、年代、国別などで分けるのではなく、そうしたものを超越した点と点を繋ぎながら静かに広がる海として。(野田努)

4月29日、水曜日。散歩がてら、買い物ついでにのぞくリユース店で『In C』(Shanghai Film Orchestra/Wang Youngji,Condauctor)のCDを見つけたのは数年前。普段なら目をやらないクラシックのコーナーをしつこく追っていたら、テリー・ライリーの名前を見つけた。おお、この人の音楽は聴いたことないな〜って感じで買って、店で再生するも、まったく意味がわからない。どんどん表情が変わって、変な楽器も出てくる上にやたらに長いしで、そのまま棚にしまったまま。それが先週? 片付け中にひょいと出てきて、聴いてみると、以前とは異なる感触があった。

先々週だったかな。ちょい遠方の別店で『ele-king』2024年冬号を見つけると、特集は「テリー・ライリーの“In C”、そしてミニマリズムの冒険」。表紙もいい。ぱらっとめくると興味深い。とりあえず買っておいたのが大正解。今朝、なんとなく読みはじめて、冒頭のインタビューにぐぐーっと引き込まれる。

この曲にとっての理想的な演奏のようなものはありません。様々な人びとが集まってこの曲を一緒に演奏し、色々なアイディアもそこに集まります。もしも、何らかの理想を目指して始めてしまったら、そういう考え自体が“In C”に反する気がします。(テリー・ライリー)

何かが分かったわけじゃないし、“In C”の聴こえ方が急に変わるわけでもないものの、脳みそがマッサージされたような感覚があり、心地よい。セッティングが整ったのだろうか。今なら、テリー・ライリーの音楽が自然に耳に入ってきそうな気がする。

今週もよろしくお願いします。新着入荷がたくさんあります。

2026/04/28

4/28 雑記

午前中、荒川沖での用事を済ませたあとで〈きらく〉に入店すると、大リーグ中継が静かに流れてる。なんともいい具合。小生ビールでひと息ついて、いざネギミソラーメンと真っ向勝負。……いやあ、正直言ってあれは死闘だった。どうにか食い切って、車に乗るとエネルギーゼロ。そのまま14時過ぎまで動けなかった。

オレからいわせると、「ファスト動画」だ、「タイパ」だっていうのはズルしている感覚なんだ。本来なら、避けてとおることができないものごとや出来事を効率よくスルーして、少しでも平坦な道を進もうとしているようにも見える。/でもさ、無駄に見えるようなことにも、意外なお宝が埋まっていることはよくあるし、たとえそれが失敗だとしても、それによって引き出しも増えるし、深みも増す。(玉袋筋太郎)

いやあ、そうですよねえ。オレも全く同じことを思ってる。玉袋筋太郎『美しく枯れる。』はここ最近で、いちばん強く同意した本である。この人、なんか好きなんだよなァ。