異なる意見に出会ったときに、自分の心理を制御して相手の言い分にも耳を傾ける「技術」は、家族以外の大人から叱られた子供時代の経験を土台にして出来上がるものだろう。その点で、昨今の若者(私ももはやこんな言葉を書くような年になったか)はある種の社会性欠落症だと言える。(佐藤允彦)
4月9日、木曜日。常連さんが貸してくれた、佐藤允彦『すっかり丸くおなりになって…』をなんとなく読み出して、膝を打つ。そうだよな、そうなんだよな〜、家族以外の大人に叱られる経験って大事なんだよな。それはなにも「子供時代」に限らない話で、20代いっぱいまで通用すると思うんだ。じっさい自分も20〜30代で他者にビシッと怒られたこと、注意されたことはよく覚えてるし、同じことを繰り返さないように今も意識している。それらしく言い返すよりも、まずは受け止めることが必要。
僕はムーヴィンにやって来たいろんな他者と関わることで大きな流れに飲み込まれ、まったく抗う術なく、ドンドン思わぬ方向へ押し流されていった。多くの雑多な人間との間の関係性の中で、僕の甘ちゃん精神は鍛えられることになった。(和田博巳)
今週あたまに訪れた西荻窪の〈音羽館〉で買ったのは、和田博巳『楽しい音の鳴るほうへ はちみつぱい●和田博巳の青春放浪記 1967-1975』。とっても軽やかで、エネルギーに溢れていて、流されるように一気に読んだ。和田さんが高円寺でロック喫茶〈ムーヴィン〉をはじめるのは21歳のときなんだからビックリする。はちみつぱいにベーシストとして本格加入するまでの3年足らずとはいえ、ムーヴィンの店主経験がかなりの濃いものだったことがよくわかった。
詩というのはどんなマス状況になっても一人一人に向かう。詩は一種の直撃力ですから、受け取る人がいるか、いないかということです。詩というものはわずかな人に向けるメッセージであるわけです。同時に、やはり一般大衆、マスに向けられている。そういう矛盾した二面性をもっているのが詩です。(北村太郎)
数年ぶりで再読したのは、北村太郎『センチメンタルジャーニー ある詩人の生涯』。この本は第二部の語りおろしが面白かった。矛盾、苦渋を語りながら、不思議と重たくないのは、北村太郎の人柄ゆえか。「犬の日々」が聞きたくなった。
今日も本を読みつつやってます。お暇があればお出かけください。
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