2024/05/31
『Sb』2–42号
5/31 店日誌
5月31日、金曜日。ここ数日、クラッシュのファーストを繰り返し聴いている。今の気分にぴったりで何度でも聴ける。好きなのは「White Riot」と「What’s My Name」、「Career Oppotunities」。あと、なんと言っても「Police & Thieves」である。原曲はジュニア・マーヴィンがファルセットで歌うメロウ・レゲエチューン。よくもパンクロック化してカバーしたなあと感心する。発案したのはポール・シムノンかジョー・ストラマー、どちらだと思うのだけれど、どうなのだろう。
円盤のレコブックの最新作『文学者とレコード』、これはなかなか凄い本。坪内祐三さんが読んだらどんな反応をしただろうか。レコードで紐解く文学者(詩人・漫画家含む)って切り口はこれまでになかったのでは。
今日も書籍に入荷あり! 在庫確認、通信販売などのお問い合わせはお気軽に!
2024/05/30
『文学者とレコード』
スターとしての肉声の記録から、未知のメディアの可能性を探るような実験作まで、その振れ幅は、もしかしたら音楽家のレコードよりも圧倒的に広いのではないか、とも思えるのです。
5/30 店日誌
5月30日、木曜日。先週末、はじめて店にきた人。同時に3人組の男性がきてしまって(彼らもいいお客さんだった)、ちょっと居づらそう。このまま帰っちゃうかな……と心配したが、なんのこっちゃい店のあちこちを丁寧に見てくれる。1冊の本を選んでの会計時「神戸から引っ越してきました」と話してくれる。神戸の人たち面白いしセンスいいっすよね〜と返したのち、安田謙一さんの『神戸、書いてどうなるのか』も大好きですと言うと「たぶん、それ文庫になりますよ」「え!」「たしか……」なんてやり取りをした。
いざ、調べてみると本当だ! ちくま文庫から6月10日刊行予定とある。しかも、装画は坂本慎太郎。うーむ、やっぱりやるなあ、ちくま文庫。つい最近も洲之内徹のエッセイ集を出していた。あの本の表紙画もとてもいい(洲之内徹『絵のなかの散歩』で紹介されている、海老原喜之助「ポアソニエール」)。
定休日明けの水曜はいつも客足が少ない。昨日もぜんぜん人がこないので、『中原昌也作業日誌 2004-2007』を読みふける。18時過ぎに日が暮れてから知り合いの先生、大学院生が本を買ってくれてホッとした。ちょっと声をかわすだけで気分が変わる。
今日も書籍に入荷あり。オンライン・ストア〈平凡〉にも動きあり。
2024/05/29
5/29 店日誌
5月29日、水曜日。先週は水曜にドーンと人がきて(おもに友人)、木曜金曜土曜がものすごくヒマだった。しずかな時間には慣れているつもりだったが、数日間のどっちらけ状態はまあまあこたえた。そんな中、自分の親世代かもうちょい上の年齢に見える方が何人かきてくれたのが印象にのこっている。「トマス・マンの『魔の山』はあるかしら?」と聞く人、均一コーナーをさぐったのち山田風太郎の文庫を買っていった人はこれまで店にこなかった。外目にも古本屋然とした雰囲気が増したのだろうか。
開き直って店を開けていた日曜月曜は、人の出入りが多くなった。日曜はともかく一週間の疲れが出てくる月曜の客入りには驚いたし、戸惑った。滞在時間がながく、じっくり本を選ぶ人がいる。その間に目当てのものをサッと買いにくる人もいる。買い物がてら話をする友人もいて、19時頃にはどーんと疲れてしまった(喋ってるのはオレなのだが)。
亀城公園近くの多目的スペースでポップアップの古着屋を出しているマスヤマくんの様子を見にいくと、いい感じ。冴えがなくて、人柄がそのまま店になっている。デカデカと貼られたピストルズのポスターがまぶしかった。
今日明日、明後日は15時開店。ご都合に合わせてお出かけください。
2024/05/28
5/28 雑記
朝からどよーんとした空気、雨は降っていないが身体が重い。それでも映画に行こうと準備をすると雨がザーッと降ってくる。もういいや。今日は適当にやり過ごそうと決めて出かけた古本屋で『死んでも何も残さない 中原昌也自伝』を買ってきて読み出すと、これがすごい。とんでもない本がシレッと出ていたもんだと驚かされる(店でも古本で売った記憶がある)。
暴力温泉芸者は、究極の無意味を目指すという、一つの批評の形をやっているつもりだったけれど、だれにも伝わらず、結局、好きなことをやっているだけでしょう、という話になってしまった。とはいえ、あの頃はまだ、世界は自分の知らないものや、意味のわからないもので一杯、という認識が基本にあった。でも、今は、よくわからないうちに、自分の知っている範囲だけしか興味がなく、意味のわからないようなものは、すべてくずで、あってはならないものという世の中。(*1)
つい長々と引用してしまったけれど、紹介したい箇所は他にもたくさんある。この本に関しては読了することに大きな意味はない気がする。散りばめられた言葉から何を拾うか。どの角度で読んでいくか。170ページほどの短かさではあれ、めちゃくちゃ分厚い。
大衆から物語をとりあげないといけないのではないか。もう、エスカレートし続ける欲望にはだれも応えられない。単なる文学や映像の危機という話ではない。文明の危機だ。はっきりいって。(*2)
(*1)第五夜「暴力温泉芸者は高校四年生」 (*2)終章「死んでも何も残さない」