2011/09/09

天野裕氏、語る。



天野裕氏が語る。男子写真家、その生き方。
"ドラマティックな人生の選択"とは。彼はなにを選び、選ばなかったのか。
抗いようのない人生の流れと、自らの意志での前進、創作。その舵取りが興味深い。
鋭く漂う、写真と人生。耳を傾けよう。


以下詳細。


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授業概要
写真編集者(沖本尚志)の視点とその仕事を通じて、現代写真を探っていく講座にします。ほぼ毎回、写真家、ギャラリスト、アートディレクター、編集者、プリンティングディレクターなどをゲストに招き、写真を巡るさまざまなキーワードをテーマで対話をし、質疑応答を繰り返しながらテーマを掘り下げることで、現代の視点で写真をあらためて考え直すという形態で進めていく予定です。受講するみなさんには、写真編集という仕事の大枠を知ってもらうとともに、私とゲストとの対話を通じて、自分のなかにある写真、あるいは写真表現に関するイメージや考えをもう一度問い直してもらおうと思います。写真への興味と探求を通じて、自分の考えを深めたり、考える癖をつけたり、日常をよりよく豊かに過ごすきっかけになれば幸いです。

2011年9月10日(土) 18:00~21:00
第6回:男子写真家、その生き方
内容:いまを生きる男子写真家はどのように写真と向き合って作品をつくるのか? その疑問を塩釜フォトフェスティバル2009で大賞を受賞し鮮烈なデビューを飾った写真家・天野裕氏さんをゲストに迎えて一緒に考えていきます。天野さんは、写真とはまったく縁の無い世界で生きてましたが、あるきっかけで写真と出会い、写真家として生きることを選択しました。天野さんのドラマティックな人生の選択を伺いながら、いまの時代、これからの時代を生きる写真家の姿を浮き彫りにしていきます。

g³/(トリプル ジー)
千代田区外神田6-11-14 3331 Arts Chiyoda 303・304
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open:12:00〜19:00(休日:土日祝)

2011/09/07

走り出せ



ずっと、同じことを考えてる。
動かなきゃ、出会わなきゃ、楽しまなきゃ、そんなこと。
そう、ボクはここ数年、単純な衝動にとらわれてるわけだ。
それでも、おお、どうしようもないなあ、なんて考え過ぎて動けないときもある。
予測と想像だけを繰り返す。あまり面白くない、時間の使い方になる。


自分のことばかりを考える。
怠惰でつまらぬ日々が過ぎてゆく。
でも、そんな時間も悪くはない。後から振り返れば。
それも必要なのだと思えるのは、少しだけ成長したということか。


今朝、太陽と青空がみえた。空気も爽やかだ。
ああ、動かなくては、人に会いに行かなくては、と自然に口が動く。
大丈夫。悩みも心配も大したことじゃないぞ。


ボクはトコトン能天気なのだ。


鋭い分析も批評も言葉にできない。大それた文章も書けない。
ひとり立ち止まっても、なにも生み出せない。
だから、誰かと関わるしかない。思いついたことは話してみよう。
できるだけブレーキは踏まずに、走ってみる。
アクセル全開。その気分だけでも大事だろう。


日々、自分に言い聞かせる。
答えあわせはつまらんぞ。驚けないといけないぞ。
思いだけでは動かんぞ。考えるのも大事だぞ。
それでも、直感だけは信じろよ。


ああ、いつだってこんなことしか書けないのだ。
これから出会うみなさま。また、今日からよろしくどうぞ。
どうにか楽しくやろうじゃないか。

2011/09/06

2011/09/04

2011/09/03

words from "ONE HAND CLAPPING".


アートは、大金持ちになり、派手な葬式をしてもらうのが人生の目的の人には無縁のものだ。
平穏無事に暮らしたい人にも同じく。そして、サンダルズは90年代、アートという光り輝く危険に手を染めたのだった。
そのうえ、パッケージされ、商品にされることを拒んだ。
かわりに"complete nakedness"全面的な解放という神話的な目標を表明した。(※)


こんな時代に音楽を聞く。
だからこそ、僕は音楽の本来持っていた効用を信じたい。
ポップ音楽は、何よりもまず明日への楽しみであり、誰にでも参加出来る祭典であり、
儀式であった筈だ。それは特別なことではない。
ジェームス・ブラウンはステージの上で一瞬説教師になることができる。(※※)


—詩の朗読は冗談で始めたの?
「違うよ。僕はそれより前からやっていたんだ。僕はとても真剣だった。
例えば、ヴァイオレッツのステージの上にはタイプライターが置いてあって、
誰もが一語はタイプできるんだ。それで次の人に交代する。それで最後にそれを朗読したりした。
あれは特別だったと思うよ。」(※)


そして、言葉。簡潔な、易しい言葉が歌詞には使われているけれども、
同時に映画のサウンドトラックからかTVの抜粋か、歌詞以外にもサンプリングされた言葉、
もしくはエフェクトを掛けられた言葉が頻繁に顔を出す。
それはまるでメディアを空気のように呼吸して生きてきた、僕達の時代のサインのようでもある。
彼等は僕達と同じように、極めて現代的な存在である。(※※)


基本的なアイデアは"参加すること"。
オープン・マイクで人々は自分たちの好きなように詩や物語を喋ることができた。ゲームもやった。
デレクとジョンはスタンダップコメディをやったりもしていた。」(※)


彼等はサンダルズとしての活動を最初から音楽家として限定していたわけではない。
例えば、彼等が88年にセッティングしたクラブ"The Happenings"は、現在のクラブという言葉から
想像できるようなものではなかった。(略)そんなお決まり事とはそれは無縁だったのだ。
そうではなく、それはその場にいる人間たちが主役の、自分達の手で、誰にも邪魔されることなく、
自由に楽しめる場所を作り上げようという試みであった。(※※)


(※)「ONE HAND CLAPPING -HIROSI EGAITSU」issue:02 (『relax』#77より)
(※※)「サンダルズの“CHANGED”」 (『人々の音楽について -One Hand Clappin'』より)

2011/09/01

選べないブルース



右か、左か、選べるか。
選ばないことを、選べるか。
どちらに進む。どこかに戻る。どこにもいかない。


先のことは分からない。
一寸先は闇、というのは間違いない。
一分後、自分は生きているのか、定かでない。
三分後、自分は死んでいるのか、定かでない。


選ばない。選べない。
どこにもいかない。どこへもいけない。


先のことは分からない。
二寸先には光が見えるか。
その角に、あなたがいるのか、定かでない。
そのまた角に、誰がいるのか、定かでない。


石橋は叩いて、叩いて、崩れさる。
もう、どこにも進めない。戻れない。


ああ、選べない。
選ばないも選べない。