ぼくは広告が嫌いだ。まだみんなが何も知らない時に、むりやりみんなに押しつけるようなやり方は好きじゃないんだ。いいレコードなら、自然といつのまにかみんなが聞くようになると思う。世に送り出し、時にまかせて、どうなるか成り行きを見守るのさ。(ウィリス・アラン・ラムゼイ)
あれはいつだったか。矢吹純から突然、レコードが送られてきた。ウィリス・アラン・ラムゼイという人が吹き込んだもので、緑地のジャケットにはニヤリとした本人と思われる写真のみ。いささか地味な印象をもったが、針を落として「いいじゃん」と思い、矢吹くんに感謝を伝えた。そのまま2〜3年は経っただろうか。今朝になって急に目に入ったレコードを聴いてみて、驚く。すごくいい。裏面記載の中川五郎の解説にも味わいがある。
ウィリス・アラン・ラムゼイのこうしたやり方は、確かに歌を大切にしたものだし、永続きするかも知れない。しかし一方、贅沢すぎる、あまりにもプロ意識に欠けているという批判も甘受しなければならないだろう。(…)早く新しい作品を聞かせてほしいものだ。(中川五郎)
けっきょく、この人──ウィリス・アラン・ラムゼイはこの1枚しかレコードを作らなかったらしい。小西康陽の連作エッセイ「レナード・コーエンの偽日記から。」にも似たような人物が描かれていた気がする。
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