2025/01/03

坂崎麻結が2024年を振り返る

年末年始はなぜかカウリスマキの映画が見たくなる。2024年のメモをひらくと、1月2日に黄金町のジャック&ベティで『枯れ葉』を見ていたようだ。「夜のあとに朝がくる、というような当たり前のことが描かれているのだけれど、それだけでなぐさめられた」とある。何もうまくいかなくても、ただ明日がくるという生きている人間の現実が映画になっている。

その少し前には『浮き雲』の感想メモ。「暗転が多い、短いシーンのぶつ切りをつなぎ合わせて物語をつくる。悲しいシーンなのに笑える、犬が出てくる、基本的には無表情で棒読み。タバコを吸いまくる、酒を飲みまくる、哀愁と悲壮感と不運とユーモア、そして少しの希望。たたみかけるような不運、落ちて落ちて落ちて少し上がり、浮き雲を見上げて終わる」。

いい映画を見てもすぐに忘れてしまうが、メモを読むとなんとなくシーンが浮かんでくる。

お正月は『キノ・ライカ』をまたジャック&ベティに見に行こうかな。


今年は何ができただろうか。そうだ、雑誌『Sb Skateboard Journal』で新しい連載をはじめた。晶文社の『就職しないで生きるには』を自分なりに考えてみようと思って、編集長の小澤さんに相談すると、やってみようと言ってくれた。自力で商いをはじめ、知恵を絞って暮らしている人びとに、働くことの実情を聞くインタビューシリーズで、タイトルは「WORK!」。

初回に中野活版印刷店の中野さん、5月発売号ではPEOPLE BOOKSTOREの植田さん、11月発売号では古書コンコ堂の天野さんに取材をして記事にさせてもらった。一万字と格闘する楽しい時間だった。思い出す言葉がいくつもある。

同時に写真家を取材する不定期連載「PHOTO!」もはじまり、ウクライナのスケーターを撮影している児玉浩宜さんに話を聞くことができた。戦争のなかで生活をすることの現実は、直接見て聞いた人にしかわからない。


当たり前なのだけれど、就職しないで生きている人は自分自身の感覚をみがいて、日々さまざまなことを自分で決めている。そうすることでしか体得できない働き方というものがあって、それが良いとか悪いとかではなく、何かよくわからない組織や集団の都合に左右されない生き方が存在していることに安心する。こういうやり方もあるんだと思えるだけでいい。拾い物の言葉をこねくり回したようなつまらない記事があふれている今だから、実践した人間だけが語れることを聞いていきたい。

面白いなと思うのは、今年ライターとして依頼を受けた仕事のなかに、大きな企業につとめている人たちへの取材も多かったこと。就職しないで生きる人の話を聞きながら、同時に就職して生きる人の話もたくさん聞いた一年だった。サラリーマンだからこそ、自分の思う通りにはいかないという予定不調和を楽しみながら、置かれた場所で全力を尽くすという働き方。委ねるところは委ねて自分の仕事はしっかりやりますよというサッパリした人が多かった。働くことについての考え方を、こうして天秤のように両極から探っていくことは自分にとっても面白い経験になっている。


季節は一年を色分けして見えやすくしてくれる。わたしの場合、春は精神的に不安定になりやすい。花粉もひどいし、なんとなく嫌なことが続くような気がする。5年ぶりくらいに会った友だちに、「まだZINEとか作ってるの? それって趣味みたいな感じ?」と何気なく言われたことをいつまでも思い出してしまったり、かつて仕事を受けていた制作会社の編集者が社内でハラスメントめいたことをしていると耳にしたり、取引のある企業が人権を損なうような行動をしていたり。自分が正義ともまったく思っていないし、正義なんていちばん疑わしいものでもあるのはわかっているが、ただ気持ちがしぼんでいく。

落ち込みが発生したときに助けてもらったのは、筋トレと有酸素運動(リングフィットとフィットボクシングで5キロ痩せて肩こりが改善)、ラジオ(霜降り明星のオールナイトニッポン)、会話(夫や友だち)、料理(焼き菓子にはまった)、それから寝ること(一日平均8時間)。


夏を好きになったのはここ数年だと思う。生きのびるだけでも大変な季節になってしまったけど、雨が降り終わったらプールに行って、夏の果物と野菜を食べて、花火の音を聞いて、できるだけ夏を味わうようにしていたらだんだん好きになっていた。秋と冬はもともと好きなので苦手なのは春だけ。でもべつに好きにならなくていい。

プールに行くようになって泳ぐことと書くことが似ていることに気づいた。書くことはとても苦しく、疲れるものでもあり、進んでいる方向も、そのやり方も、すぐにわからなくなる。けれど、なぜかまた水に入っていく自分がいる。はやく進めなくても、きれいに泳げなくても、そこでは大きな力に縛られず、自由に動くことができるから。

5月は『writing swimming』というZINEを10冊だけ手刷りして文学フリマで500円で売った。2025年はここ10年で書いてきた雑文を一冊にまとめるつもりでいるけど、これもまた長く苦しい作業になりそうだ。


韓国のアーティストのイ・ランは自分が描く小説のなかで「明日がなかったら、今この瞬間に出来ること」をやるのだという。「小説の中でなら、相手にコップの水をぶちまけることが出来るから。そうやって、自分の話をすることで自分になれるんです」。インタビュアーはこう返していた。「小説の中で、自分になるんですね」。みんな自分になるために書いている。


読んだ本についても書きたいけれど、いつもあっちこっち読んでは途中でやめ、読みきらないうちにまたべつの本を読んで、そうこうしているうちにまた本を買い、なんていうことをくり返しているので一冊の本についてしっかりと語ることができない。本はそれぞれが単体に存在しながらも、その内容はゆるやかにつながって境界線は曖昧になり、わたしは自分の本棚という大きな一冊の本を読んでいるのかという気分になる。何かに悩んでいるとき、いつも自分に必要な言葉はその本のなかにある。

まだ読んでいない本について考えるのも好きだ。

今、本棚には『黒人文学全集』(全13巻)と『女たちの同時代 北米黒人女性作家選』(全7巻)と『ラングストン・ヒューズ自伝』(全3巻)などがそろっている。現代の黒人作家の小説も、まだ読んでいないタイトルがいくつもある。これから少しずつ読み、自分が惹かれてきた黒人文学について感じたことを書いていこうと思っている。

坂崎麻結(ライター)https://mayusakazaki.com/

1/3 雑記

正月2日目も、よく歩いた。はじめての街で、相性のいい喫茶店に出会えると、心が満たされる。ローカル線でウトウトしてたら目的地。夢見心地で電車を降りる時の幸福感は……なかなかのもの。

2025/01/02

土田元気が2024年を振り返る

テンチョー土田 映画記録2024

2024年は劇場で27本しか映画を観ていない。
あまりに少ない鑑賞は、何が人に映画を観ようという気持ちにさせるのか考えるきっかけになる。予告もチラシも誰かのツイートも人との会話も、きっかけは色々ある。
身体が一つで全部の映画を観ることはできないので、今年劇場で観た輝ける27本全てを思い返したい。そのためにまずは2023年に観た、たしかに『Komorebi』というタイトルだった映画のことから書く。


2023年12月26日『PERFECT DAYS』
この映画が全ての始まりで、この映画を観た次の年の初め、僕は近所にある普段使わない方のスーパーで古本屋を営む一人の男に肩を叩かれる。僕は野菜コーナーにいた。
「あの『PERFECT DAYS』って映画どうだった?あれひどいよな?」
お互い店舗も隣同士で住む場所も近い。彼が酔っ払った時には無事家に辿り着けるように一緒に帰路につく。初めて出会ってからおよそ10年が経つ。年の差十何歳、の人間への年始ひと言め。恐ろしいったらありゃしない。僕は「まあ、、、」とかなんとか。あの映画のことなんてとっくに忘れていた。このご時世に何がパーフェクトデイだとかなんとか思ったくらい。
おかげで植田さん、あなたが今年の暮れに激ハマりしているアキカウリスマキ。
新作の感想全部忘れました。あの時僕『枯れ葉』観た帰りだったのに。
野菜も買い忘れたし。

2024年1月3日『枯れ葉』
面白かったような気がする。

1月24日『ファースト・カウ』
ずっと観れていなくて、やっと観れたという感じだった。
画面が真っ暗でほとんど何も見えない映画だった。その中でビカーっと光るスコーンが現れたとき、なんだかめちゃめちゃ笑えたなー。僕がこの映画を観る頃には同じ監督の『ショーイング・アップ』も公開されていたけれど、僕は観ることができなかった。悔しかったけれどそれくらいのファンということなのかも。アメリカの夜のこととか、犬目線のこととか、商売のこととかすごく頭を使った。チラシのデザインに反して牛については何も考えなかったな。というかタイトルも牛のことか。いったい僕は何に頭を使ったのだろうか。

2月7日『サンセバスチャンへ、ようこそ』 
この監督の新作はまだ楽しみに追っかけていて、そのことを焙煎所の店長に話したら笑われた。ほとんど内容も、観たことすら覚えていなかったけれど、今になって思い出すのは、この後観ることになる黒沢清『蛇の道』リメークの病院のシーンだと思っていたのはこの映画の病院のシーンで、バフティヤル・フドイナザーロフ『ルナ・パパ』の浮気だと思っていた箇所はこの映画のものだったということ。
退屈な映画だった。

2月13日『夜明けのすべて』
監督のファンで、観に行った。観る前はチラシのビジュアルの酷さに複雑な思いを抱えていたけれど、観終わった後は宣伝に対してより複雑な思いを抱いた。とにかく多くの人が観ておきたい映画ではあるけれど、僕の場合にはチラシの印象は強く残ることがあるので、もっと工夫してもらえたら観に行く気持ちもより強くなるなという感じ。
映画は素晴らしく、あんな強烈な光を恒星からではなく画面から浴びることができて、眩しいし素晴らしいしで感涙。何よりエンドロールの映像が凄くて目が離せなかった。おそらく16mmのフィルムで撮られたこの作品の小ささがすごく好き。
一方ケリーライカイトの映画はたぶんデジタルのカメラで撮ってますか?ものすごく考えて。
店の厨房内、カウンターを挟んでお客さんも含めみんなと賛否入り混じり話せた映画だった。楽しかったな。

2月20日『瞳をとじて』
こういう映画をたまに観られる幸せを噛み締める。
つくば市のシネコンにそれなりに人が入っていてよかったと思った。年配の方が多かったかな。

4月3日『ルナ・パパ』
シネマブルースタジオ大好き。真っ暗になります。

5月21日『クイーン・オブ・ダイヤモンド』
ただ木が燃える映像を十数分観られる幸せ。眼が炎になる感覚を味わえます。

5月22日『悪は存在しない』
公開当初限られた少数の映画館(つくば市には来ない)でのみ上映すると聞いていたので観るのは諦めていたが、都内にいた時にたまたま時間ができたのと、周りに観た人が多く僕もみんなと喋りたいと思ったので観た。開始後すぐに木漏れ日(すぐに『Komorebi』を想起)。前半少し寝かせてもらった。
最後までいまいちのることができなかったのは、タイトルの印象が強く映像に集中できなかったのと、おそらくとても難解なこの映画に脳みそがついていけなかったから(少し寝たので)。
鹿が綺麗だなとかそういう感じだった。2回笑わせてもらった。
さらに集中できなかったのは、上映中にかつて公開された同監督の映画を観た時のことを思い出していたから。当時公開後すぐに映画館に観に行って、ああ素晴らしいなと感じたのを覚えている。それから1年くらいのロングラン上映だったような。もっとかな。
僕はこの映画を観たあとに2本のさらに素晴らしい映画を観た。
『三度目の、正直』『スザンヌ、16歳』
2本とも劇場はがらがらだった。それが不思議だったな。
素晴らしいと思う映画に幸運にもたまに出会うことがあるけれど、ほとんどの映画は見逃す。
観ることのできなかった映画に思いを馳せながら、観ることのできた映画をきちんと思う。
『悪は存在しない』はのちにつくばでもかかった。最初からやってくれればと思う。
渋谷で観たので終わった後、老舗の台湾料理屋故宮へ行った。美味しくて満足。
(写真は故宮の素晴らしい裏口です)

6月13日『違国日記』
漫画原作ものということを知ったのは観終わってから。これは信頼できる人のツイートを見て観に行ってみた。途中から最後のシーンがどうなるかわかって観ているのに、きちんと号泣。出てくる俳優たちがとても魅力的に映る映画だった(特に女の子たち)。家のなかで引き戸をただ開けたり閉めたりするのを見て、こんなの観ながら140分過ごせるのなら最高だなとか思っていた主人公のうちの一人の女の子が高校で軽音部に入りバンドを組むのだけれど、その部室での練習風景、奥で椅子か何かをばちで叩いている人の、そのドラミングが上手すぎてびっくりした。まじで。

6月19日『蛇の道』
自身の旧作のリメークらしい。元の方は観ていないけれど観に行ってみた。
ものすごくよくできた映画で、観ているうちにこの先どうなるのかわかってしまうくらい綺麗だった。けれどこの一本ではこの人の映画の良さまで辿り着けない気がしてなんとなく消化不良を感じた。愛すべき小さな作品という感じか。
メインビジュアルで引き摺っているあれはぜったいコントラバス。

6月某日『胴鳴り』
観れなかった。

6月28日『左手に気をつけろ』『だれかが歌っている』
御用だ御用だ!!
タイトルがアレなのとチラシのデザインが素敵すぎるので、観るかどうか迷っていたけれど、観たかった映画を観れなかった悔しさをバネに観に行くことができた。誰かの脳内で流れている音楽が自分の脳内でも流れることはよくあることだけれど、改めてやはりよくあることなのかと思った。あちらの世界では爆音でドラムの音が聴こえている。よね?
助監督の方と横浜の展示でご一緒したときにしゃべることができて幸せだったという思い出付き。

7月8日『ザ・ウォッチャーズ』
観始めるまでお父さんの撮った映画かと思っていた。娘だった。
めちゃめちゃつまらなくて笑えた。居酒屋の主人と画家と一緒に観に行けたのはいい思い出。帰り道、ひとりはご立腹、ひとりはなだめ役。

7月14日『ストレンジ・ウェイ・オブ・ライフ』
シネプレックスつくば二本立てのうちの一本。
たくさん笑ったなー。上映時間30分くらいで料金が安いのも良かった。
2025年の2月にはこの人の特集がユリイカで組まれるらしい。楽しみだ。

7月14日『メイ・ディセンバー ゆれる真実』
シネプレックスつくば二本立てのうちの一本。
けっこう重厚な作りで(二本立ての一本目と比べるとだけど)、足を組んで難しい顔をして観た。けっこう面白かった。いろんな映画からの引用とかあるんだろうけど、とにかく気にしないように観てみた。けど難しかったな。僕は幼虫とか苦手なので少し困った。まあ蛾の羽とかも左右対称だったりするしなー。『キャロル』より断然良い。
まさかのピープル植田さんが観ていて盛り上がった。植田さんは僕よりさらに困惑してたみたいだ。植田さんとシネプレックスムーヴィートークできるの嬉しい。

7月17日『フェラーリ』
勝手にシネプレックスつくば二本立て第二弾一本目
この映画を観る前に、ネットフリックスで『フォードvsフェラーリ』を観た。面白かったなー『フォードvsフェラーリ』。終始ドキドキしっぱなし。主人公の奥さんが整備場に現れる時なんかもう眩しくて時間が止まってたな。
『フェラーリ』観るときも完全に引きずられてアダムドライバーの奥さんばっかり見てたけど、全体的にはまあまあだった。難しすぎて。アダムドライバーは見るだけで笑える。怪物。

7月17日『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』
手にプレックスvol.2 二本目
近くのお蕎麦屋さんで昼餉後に観た。
まじで最高。言うことなし。大人が一生懸命あの温度感の画面を作ることにときめく。終映ギリギリまでこの映画の存在に気づいていなかったので、勝手にだれも観ていないと思っていたが、植田さんが観てた。「あれは観るだろ」って。

8月2日『ヨーヨー』
シネマブルースタジオ大好き。前半長かったな、、、。

8月28日『墓泥棒と失われた女神』
もうずーっと夢。画面のふちとかぼやけてて、ダウジングで墓掘りやって金稼ぐ。
夢みたいな話。自分好きそうだなーと思って一生懸命観たけど、なぜかグッとこなかった。なんなんだろう。夢だからかな。

9月14日『ナミビアの砂漠』
やっぱりあのピンク色のチラシ、頭から離れないし、「みろ〜」ってあの俳優が迫ってくる感じする。けっこう長い映画でびっくりしたけれど、前半はとにかく耐え。耐える耐える、耐えるとその先に爆笑ポイントがいくつか現れて、「よかった〜、みるか〜」って気持ちになれる。セーフって感じ。喧嘩が完全におもちゃになる。

10月1日『Cloud』
上映時間がけっこう遅かったので、18時半に店を閉めて床で仮眠を取ってから向かった。起きてピープルを覗くと先生(映画好き)がいたからあ〜しゃべりたいな〜と思っていたけど、意志を強く持ち自転車でムーヴィックスへ、その意志を運ぶ。
素晴らしかった。とにかく怖いしとにかく笑える。縛られた恋人(今すぐにでも撃ち殺されるかもしれない)を前にして、「ちょっと待っててね後で助けるから」とか、え〜〜〜〜って声に出して言ってしまった。そしてとにかく銃の音が気持ちいい。この音を聴くためだけに観に行ったんだと思う。これがきっかけでpottmannの「銃撃戦」という曲(?)は生まれた。
最後のシーンは『熱海の捜査官』。

10月6日『HAPPYEND』
『ナミビアの砂漠』の予告で見て気になっていたので観ることができた。
どうしても監視カメラみたいなショットというか、二人の人を斜め上から撮るやつが気になって戸惑った。近未来社会感ということ? 車立ててくれるのとかは有難いな〜と思った。あの女の子髪かきあげまくるのも本当に不思議だった。かきあげまくるんだもの。
久しぶりにムーヴィックスのひと部屋を独占できたので、楽器屋のシーンでは立って踊り、腹を抱えて笑わせてもらいました。あのおばちゃん、ね?
ラストシーンはどうしても間違っていると思ったけど、こっちが勝手にラストだと思った(みんなも思った)あそこのあの瞬間で号泣もできました。その後涙がひいた。

11月某日『ビートルジュース ビートルジュース』
観れなかった、、、。

11月14日『リトル・ワンダーズ』
黙って『ビートルジュース ビートルジュース』観に行けば良かった、、、。

11月某日『トラップ』
観れなかった。お父さんの新作。

11月27日『ルート29』
この映画を観られたことで今年も映画観たなという気持ちになれた。これは本当に難しいことだけどこの一本を観るだけで良い。
何度か他の映画の予告で流れていたけれど全く興味を惹かれず、当日まで観る気は全くなかった。信頼できる人のツイートを見て、サービスデイでもなんでもない日に映画館へ向かい二千円近く出して座席についたとき、あー失敗したと思った。なんだかなあというあの気持ち。
だけど映画が始まった瞬間から最後までずっと幸福だった。
人間の顔面の面積の何十倍ものデカさでみる綾瀬はるかの顔、国道29号線には突然ひっくり返った車が出現し、アキカウリスマキの食堂に現れた婆さんは返事だけが一丁前で店主の注意を無視、主人公の女の子が木の枝でおじいちゃんゾンビ(元村八分のドラマー)のケツの穴を突き刺し、ゾンビはカヌーに乗って黄泉の国へ、朝ご飯はたい焼きとサラダ、黄色い魚が地面を泳ぐ。あの黄色い鱗のリアルさに涙が止まらなかった。
カモンカモンとアンナの出会いも。
とにかく宣伝がひどいのでだれがこの映画観るんだろうという感じだけど、本当に素晴らしい映画を観られて幸せです。パンフ買ったので貸します。パンフは良かった。ピンクの清掃用の作業着とか綾瀬はるか一人が着ててももはや私服に見えてなんの魅力もないけど、この服着たおばちゃん4人が並ぶと最高に面白いから並ばせた方がいいです。

11月29日『ドリーム・シナリオ』
途中まで全然面白くなかった。
けれど突然爆笑させられたりして、あーなんかこの突然どうにかなる怖さ意図的に作る人いるよなーと思ってたらその人が制作にいた。ニコラスケイジが普通の顔をして体育館の入り口から一歩ずつゆっくり近寄ってくると、人は恐怖で逃げるらしい。

12月24日『浮き雲』
観れなかったです。

12月25日『春をかさねて』『あなたの瞳に話せたら』
主人公は学校の優等生なんだけど、模試の返却のとき机に突っ伏して眠っている。眠ると見るのは亡くなった妹の夢。
素晴らしい映画だった。必見。


また来年もできるだけ映画を観たいと思います。劇場以外では、コロナに罹ることで観れたツインピークスシーズン3がまじで最高でした。何かいい映画あったらピープルおとなり千年一日珈琲焙煎所CAFEまでご一報ください。

それではまた、年始にスーパーで。

小松﨑玉姫が2024年を振り返る


こんにちは。

私の名前は小松﨑玉姫・

こまつざきたまみです。

本名です。

茨城県水戸市生まれ・水戸市育ちの

何の変哲もない田舎者ですが、

少しのお時間お付き合い下さいませ。


2024年を振り返り

輝く第1位の出来事は、

水戸市に自身のお店・

カレーと燗酒「grand」を

2月にプレオープン、

8月にグランドオープンしたことです。

(謎の6ヶ月間は、お気になさらずに)


日本酒をお燗にして飲めるお店が

非常に少なく、

「ならば自分でやってしまえ!」と

勢いだけでスタートさせました。


タフなのに食事と寄り添う

純米酒をメインにセレクト。

カレーと日本酒…?と

驚かれるお方は少なくないですが

大丈夫です、カレーに合います。


カウンター席メインの小さなお店ですが、

一丁前に

展示やイベントが出来るスペースを

併設しています。


飲食をするだけの場所ではなく、

目に映るもの

聴こえる音楽

出会える人々など

「grand」ならではの

プラスアルファも

味わっていただけたら、幸い。


そんなこんなで

店内でのイベントや

出張イベントも、振り返ってみます。


5月:ひなちなか市の

酒のしみず屋さんとのお酒イベント・

DJはらくえん君・Iijimaさん。


6月:Light out recordの

菊池さんによるイラストの展示。

最終日のDJは

菊池さんご本人と

CASSETTE TAPE IS No.1さん。


8月:grandグランドオープンイベント・

DJとライブ

水戸からDoron君・237君・mizoomi

つくばから小竹君・pottmann。


9月:「パレスチナを知ろう」

ガザに取材に訪れたことのある

ジャーナリストの

藤原亮司さんのトークショー。

(京成立石で出会った飲み仲間)


11月:出張・日本酒grand @ 天久保文化祭


12月:小山のスケートボードショップ

「BQ STORE」と

水戸のスケートボードカルチャーの

生き字引的な「SCAR STORE」による

スケートボード以外の

マニアックなアイテムのPOP UP。

クロージングイベントには

千葉からしゅらんぷり®︎さん、

Iijimaさん、らくえん君、Doron君。


12月:出張・燗酒とカレーgrand

@ transit folks ・Christmas Market


12月:酒のしみず屋さんとのお酒イベント


↓ 近未来の予定 

2025年1月:一寸先 個展 「別天地」


2025年2月:出張・カレーgrand

@ natunatuna個展 クロージング


grandのカレーメニューは

ほぼ週替わり、

何を作るか

ギリギリまで悩みます。

そう考えると

イベントを決める方が

得意なのですよ、どうしたものか。


。。。。。。。。。。。。。。。。。


余談。「grandて店名は、

※Grand Royalから?」と

よく、

イルな人達から質問されます。

真相は

大昔、母親がクラブ・グランドという

お店を営んでいて、そこから拝借。


※ Beastie Boysが'92〜約10年間

運営していたレコードレーベル。

好き勝手な内容の雑誌

Grand Royal Magazineも伝説の域。


Beastie Boysは10代の頃から

聴いている大好きなアーチストだから

「Grand Royalから名前をつけました!」て

いつの日か言い替えるかもしれません。


いけない。Beastie Boysについて

熱く

語りたくなってきたので、

この辺りで、おしまいにしましょう。


2025年も楽しいお店造りを

行えますように。


Goodbye。さよなら。

再見。Adiós。また会う日まで。

土井政司が2024年を振り返る

「2024年を振り返る」

2024年は最近の週刊少年ジャンプを字義どおりに背負ってきた「呪術廻戦」と「僕のヒーローアカデミア」という超人気作品が立て続けに完結を迎え、連載を終えた。この2作品の巷での人気は言わずもがな、僕個人としても毎週の楽しみであり、仕事のモチベーションを向上させるガソリンとしても機能してくれた。物語の展開によっては気分を振り回されることもあり、まさに両作の存在自体が自分にとってのヒーローでもありヴィランでもあり、そして呪いでもあったわけだ。呪いと言えば、2年前に亡くなった友人のことがいつまでも僕の内側で澱のように滞留し続けていて、不謹慎な言い方かもしれないがそれはもう僕にとっての呪い以外のナニモノでもなかった。そんな彼が生前取り組んでいた音楽ユニット「スチルス」の音源を、友人たちの力を借りてタラウマラからリリースできたことが、2024年の最も重要な出来事だった。完成した音源を遺族の方に手渡すことができたとき、それこそ僕は「呪術廻戦」の主人公、虎杖悠仁が物語のラストでふたたび宿儺の指を百葉箱に納めたときの心境に近いものがあったのかもしれない。ここ数年、人はあまりにも安易に言葉を扱っているような気がしている。人を貶める言葉も、人を救おうとする言葉も、みな一様に軽い。それらの言葉が印字され、書籍という体裁になっても、まだ軽い。偉そうな言い方に聞こえるかも知れないけれど、本当にそう感じることが多くなってしまった。もちろんすべてがそうではないし、実際に僕のまわりには素晴らしい書籍を作っている方々やそれをきちんと届けるべき人のもとへと届けておられる方々がいる。前述のコミックの主人公たちは言葉ではなく、明確な行動で以て自らの気持ちを世に示し続けてきた。そんな彼らが最後の最後に他者に手を差し伸べ、心の奥底から湧き上がる素直な感情を言葉で表現する。僕はそこに頗る感動した。本は人と人との狭間を巡る。巡り巡った本たちはどれだけ時間がかかっても、また人と人との関係へと立ち返らせてくれる。そんな当たり前のようでいて、ついつい忘れがちなことを、僕は今年もピープルブックストアに教えられた。来年も自分や他者に「期待」し続けたいし、もっともっと「好きに生きたい」と思う。

梶谷いこが2024年を振り返る


例年のがんばりを「1」とすると、今年は「3」ほどがんばる。はずだった。年頭の予定では。

しかし私は、がんばればがんばるほど、大抵その「がんばり」がさらなる「がんばり」を必要とする、いわば「がんばりの肥大化」を生むという法則をすっかり忘れていた。がんばればがんばるほど、「がんばり」自体がブラックホール化し、手当たり次第に別の「がんばり」を吸い込んで思った以上に規模が拡大してしまう。そういうことが、これまでに何度もあった。

それなのに、私はそういうことをすっかり忘れていた。というより敢えて考えないようにしていた。試したかったのだと思う。はたして自分の「がんばり」は、今でもまだそれだけのちからがあるのかということを。

結局、今年は「3がんばり」のつもりが、体感で、その2乗の「9がんばり」もする羽目になってしまった。

例えば勤め先の仕事。元はかつての「一般職」の名残の、低リスク低尊厳低賃金の職種だったはずが、勤続15年を経るうちにいつの間にかベテランとして重宝されるようになっていた。そこに組織再編も加わってこの秋、期せずして役職がついた。そうならない選択もあるにはあったが、私は打診を呑んだ。そして晴れて、当初の予定にはなかった「がんばり」が求められることになった。

新規部署としてオフィスに誕生した私の所属するチームは、新たな仕事を片っ端からもらい受け、急に毎日が慌ただしくなった。慣れないタスクをいくつこなしても、未処理の仕事は一向に減らない。それどころか無限に増えていく。ここでも、一つの「がんばり」がさらにがんばる必要を呼び、それはかたまりになって日ごとに巨大化していった。

そしてある日弾けた。

残業中、私はオフィスで人目も憚らず声を上げて泣いた。「もっとがんばれるようがんばります!!!」それでなんとなく、部署内に渦巻いていた熱気がしずまり、無限増殖を続けていた「がんばり」の要請は一旦勢力を落とした。依然としてそれなりにがんばる必要はあったが、一応無事仕事納めを迎えることができた。

「日常」は意外と「賭け」でできている。昼食は米か麺か。傘を持って行くか行かないか。この語尾でいいのか。だから生きていて飽きない。

だけどときどき、私はもっと大きな賭けに出たくなる。それまでコツコツ積み上げた賭け金をすべてベットして、大博打に打って出たくなる。伸るか反るか。自分の「がんばり」は果たして有効なのか。それを試したくなる。

結果、今年私はこの賭けに勝ったのだと思う。冬休み初日、正午前になってもまだ起き上がれず、ベッドの中から部屋の天井を見上げてそう思う。何をどう賭けたのか、ここにすべてを書くことはできないけれど。

梶谷いこ(かじたに・いこ)

著書に『和田夏十の言葉』『細部に宿る』『あったらいいなはなくてもへいき』『恥ずかしい料理』など

https://iqcokajitani.com/


石塚淳が2024年を振り返る

2024年大晦日、朝7時から煙草を吸う間もないほど忙しく、15時21分、ようやく将軍塚(京都東山ドライブインの中ほどにある寂しくて美しい展望台)にてハイライトを深〜く吸い込んだところ。とろ火の太陽が照って、不思議と寒さを感じない。

2023年10月、自力で取った大型二種免許を携え運送屋に転職、その後一年の間に三回も転職した。無茶苦茶やん。

いま何をやってるかというのは次号「台風の目」に書くとして、とにかく大好きな京都の街で、ずーっと運転する仕事に就くことができた。バイトも含めた過去の賃労働の中で一番楽しい。三度目の正直であってほしい。

食えない表現者、おそらくはこの世に存在する「作品」のほとんどを支える者たちのひとりとして、来年も頑張ります。

2024年12月31日 石塚(台風クラブ)