2022/07/11

7/11 雑記②

……思うに、ある文章がポエムの体裁をとるとき、そこでは何かが隠されようとしている。政治家の言葉が時にポエムっぽくなるのは、都合の悪いことを隠蔽しようとするから。だから「マンションポエムは何を表しているか」ではなく「マンションポエムは何を隠しているか」を問うべきだ。-大山顕(「文春オンライン」2018年12月18日配信記事より)

紀伊国屋書店が発行するPR誌『Scripta』の最新号を出先で見つけて、すぐに手に取る。都築響一さんが連載している「ROADSIDE DIARIES(移動締切日)」を毎回、楽しみにしているのだ。今回は特別編と銘打ち、都築さんご自身のお引越しに関する話が綴られている(普段は主に国内各地での取材、展示などを通して出会う人や場所のことを綴った日記形式)。

記事中で引用されていた、大山顕氏のマンションポエムに関する考察、論考に鋭さを感じて、一部を孫引きした。世間のポエム化は各種SNS(主にインスタグラム)で散見できる。改行の多い、感覚的な言葉の連なり。同じように目につくのがステイトメント的文章。改行の少ないテキストがブロックになっていて、読みづらい。どこか自己満足的な気配もただよう。

読み手の感情(琴線?)をつつこうとする意思ばかりが感じられて、読んでいて、楽しくない。書き手の姿を感じさせてほしいのに、借りてきたような言葉と文体、写真ばかりが使われていて残念だなーっと思ってしまう。

今後、政治家のポエムはどんな具合に表現されるのか。気にしてみよう。

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